2008年06月26日

朽ちない

809b.ren.jpg

0625:2008
I do not die.
photo : dozen/Ren


mapが“くちなし”の花をキーワードに、わたしの過去日記を抜粋していた。
 








たとえそれが過去でも、今に浮上してくるには、それだけの意味がある。
それを目にするのは、今、必要なメッセージだと感じた。

くちなしは、「朽ちない」という意味らしい。
ということは、「生き続ける(不死)」がキーワードできている。
なるほど、と思った。

今、わたしはここの社会の霊性状態の中で生活し、生き続けている。
連続瞑想(3日目)メッセージのポイントのひとつだった、
『大いなる視野で、この現実(3次元霊的近視眼社会)を実際に生き続ける「顕在をもっての高い霊性の安定継続」だと痛感した。』
というのが思い当たる。

そして、生き続ける、というのは肉体的な不死だけではなく、蘇る神聖さ(霊性)を存続させ続ける、という「守護」の意味が大きい、と思った。
それが結果、副産物として不死を生み出す(蘇らす)。

やはり「今」知る意味が、さらに隠されているように感じてならない。



そして、mapの抜粋部分は、メッセージ性の高いものを上手に抜粋してあった。
map blog⇒くちなしの花の香りがわたしを誘う

今に自分が知る意味あるものとして、じっくり掘下げていきたいと思っている。




■2006年10月09日
ラブスピース内のできることから等価値制度


〜以下抜粋〜

成熟が満たないと、与え合うことができない。

与えるならその見返りをすぐに欲しがり、できることならお金というツールで欲しがる。
与えれば必ずいつか、自分に必要なものは巡ってくる・・・、必要な物をただ循環させて、必要な時に必要な物が必要な人にゆくよう、ただ循環すればいいんだ・・・ということにゆだねられない。

ゆだねられないのは、自己信頼や霊的信頼の欠如。
恐れがあるから、ゆだねられない。

〜中略〜

一方的に与えられることだけに依存する人たちが混在すれば、この世界は成り立たない。
循環しないからだ。

ゆえに循環させようとする人たちと、依存する人たちとが一緒に存在する今のこの世界では、循環を望む人たちにとっては霊的精神的に非常にストレスを感じても当たり前かもしれない。

お金のいらない国にしたいのに、それを望んでいると自分のハートが訴えているのに。

循環させようとする人たちと、依存する人たちとが相互に矛盾を感じ、一緒にいることにストレスや違和感を感じる。
それが夫婦間やパートナー間、親子や家族間、職場でも起こるだろう。
価値観や真実、成熟の違いが生み出すもの。

この流れは大きな霊的意識上昇を促すに、もってこいの材料だと思う。
いい意味での探求&創造の材料。
そしてシフトや各自のアセンションにも繋がっていく。

この循環を望む人たちが集まってくるのが、ラブスピース。
自覚があろうがなかろうが。
内なる霊性でやってくる。
成熟すればするほど、このラブスピースに意義や霊的深さを見出す。

そして依存型(自我&エゴ強し!それを土壌に自由意志を行使する)の人たちは、継続することが難しくなり、成熟の甘さから自己のエゴと共にラブスピースから自らはずれていく。




■2006年09月14日
地球と共に進化しないことを自ら選択した者たち


〜以下抜粋〜

行くことを選択しているにもかかわらずまだ戸惑い、行くことへの意思を明確にコミットできていない者たちへの、意思表示(決意)の強化が促されている。
なぜ強化されているのか。

それは共に歩むために必要な、愛という強さだ。
でないと、共に歩む上で逆に自ら心地悪さや、しんどさを感じることになる。
ゆえにできるだけ、もう必要のない恐れ(エゴ)などを、今のうちにできる限り手離しておくことを促されている。

今、することが大切なのは愛にフォーカスし続けること。
愛を選択し続ける歩みを実際に歩み続けることである。




■2006年07月06日
くちなしの香りに抱かれて過ごした1日


〜以下抜粋〜

霊的成熟が豊かだったエジプトのある地域は等価値制度(お金のない社会)だった。

そこでは、誰もが欲しい物を欲しい(必要とする)分だけ持っていく。
成熟しているので自分の満たされ度をちゃんと知っている。
無駄に何でもかんでも欲しがらない。
心の満たされていないものを物で満たそうという欠如がない。

お店の管理に人がいたりいなかったり。
犯罪がないからだ。
泥棒もいない。
人は自分の必要が分かっているので無駄にしない。
お金のしくみがないので、今のようにお金を管理したり守る必要がない。

その社会の人たちは、花をとても好んでいて、あちらこちらに摘まれた花の店がある。
それを行き交う人々は、髪に挿したり服につけたり、手にもったりしている。
花と一緒に過ごすことを、とても楽しんでいるし、味わっている。

…という話をわたしは思い出した。





この抜粋の順序が、過去から今に向かってではなく、過去に向かう方向で取りあげられているのにも意味があるなと感じた。
流れも綺麗だ。

循環を望むものと依存を望むものの霊的成熟の違いが困難/混乱を生む。
循環を選択し、愛することを継続すれば、お金を必要としない豊かな社会に至る、という流れになる。

愛を選択し続け、そうすることは蘇る霊性の守護に至り、その守護力が高ければ高いほど、霊性は高位で、お金を必要としない高い意識の豊かな社会は「確実」に現実化する。

これはまるで「保証」されているも同然だと悟った。

今まで探究を行うこと(実践)によって着実に蘇る霊性を、実際に体験し続けて得た「確信」が、その保証への確実な信頼を生んでいる。

この信頼を自分の中で確固たるものとして持てるのは、実際に実践して真実を体験し味わっている探究者だけ。

わたしは、自分の中にラブスピースの中に、すでに楽園が在ることが保証されていることに気づいた。
頭で、ではなく、実感としてのこの現実をもっての気づき。
そうつくづく感じた。



3つめの後半にあった、

>その社会の人たちは、花をとても好んでいて、・・・・。
>それを行き交う人々は、髪に挿したり服につけたり、手にもったりしている。
>花と一緒に過ごすことを、とても楽しんでいるし、味わっている。

この日記は今からちょうど2年前のもの。
もちろん当時にこのような状態はなかったし、このような状態がどのような状態かも、どのような意味がそこにあるかもまったく知らなかった。

それが今ではラブスピースがこのような状態になっている。
さぁ花をもとう!さぁ花を味わおう!といきなりなったわけではない。
そこには、高次/スピリット/内在の自己との共同創造の流れがちゃんと在った。

そして今ではこのような状態の霊的意味も理解している。

>髪に挿したり服につけたり、手にもったりしている。
>花と一緒に過ごすことを、とても楽しんでいるし、味わっている。




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posted by dozen/Ren at 19:14| 0806 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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