2006年10月28日

わたしはトゥルーマン

毎週水曜日は、dozenツタヤデイ。
レディースデイに合わせて、返却を兼ねて借りに行く。

1012:2006
24 ON LIVE.
photo : dozen/Ren

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そのうちの昨日ツタヤで一目惚れした1本を観ることにした。
これがまさにビンゴ!!



昨日の招待イニシエで味わったこと。
それは、『目を醒ますだけでよかったんだ』・・・ということ。
関連日記⇒目を醒ますだけなんだ

わたしは今まで移行をもっと難しく考えていたのかもしれない。
もちろんそのプロセス自身は簡単なものじゃないが、その目醒め方というか、移行そのものの瞬間というか在り方というか・・・。
アセンションも死も、プロセスや歩みの質は違えど、結局は非常によく似ているのではないかと感じた。
アセンションと死は、共通している
表裏一体とでもいうか。うまく言えないが・・・。

あの深い実感があったからこそ、よけいにこの映画を深く味わえた。
まさに『時』ふさわし『流れ』ふさわし、だった。

この映画の主人公トゥルーマンは、自分がドラマのセットの中で生きていることを知らない。
気がつかないほどのとてもリアルなセットの世界を生きている。

莫大な広さのセット。島1つぶん。
海も山も空も雲もある。
日が昇り、日は落ち。
これもすべてセット。
学校もあればホテルもあれば、病院も銀行もあるし、港も砂浜もある。
ありとあらゆるものが揃っている。

トゥルーマンには、幼馴染もいれば親もいるし、結婚して奥さんもいる。
お隣さんや、ご近所の人たちも存在している。
だけどすべてが俳優。
このセットも俳優も、すべてトゥルーマンに合わせて動く。

俳優じゃないのは彼だけ。
トゥルーマンにはこのすべてがリアルな現実
そのリアルな現実を彼は生きている

その生活の毎日を24時間体制で、彼が生まれた瞬間からずっとずっとテレビ放映されている。
この大規模な撮影が、世界各地で視聴率を集め、彼は今では大スターだ。

本人は知らないが・・・。

彼の誕生を見守り、彼の幼い頃からの成長や父を失う悲しみ、思春期や秘密のキス、結婚への道のりなど、すべての感動や痛みを、そのプロセスを多くの視聴者がずっとずっと共に過ごしてきている。

なぜトゥルーマンはこの島を出ないか。出ようとしないのか。
それは5歳のときに経験した、海で父親を失ったトラウマがそうさせた。
海が恐いのだ。
ゆえに海に出れない。島から出れない。
恐くて恐くて出れないのだ。

そしてこのトラウマさえも、このすべてを企画し創り出した監督によって生み出されたものだった。

成長と共に自然に枠を超えようと興味がもたげる。
それを制するにはどうすればいいか。
その答えが恐怖を与えることだった

そうして『父親を海で亡くす』というドラマが創りだされた。

監督はなぜこの前代未聞の撮影に望んだか、生み出したか。
それは真の俳優を見たかった、知りたかった、一緒になって味わいたかったからだ。

台詞を持ち演じるのは真の俳優、真の演技ではない。
真に演じるとは、すべてがアドリブで、すべてがリアルな現実の上でこそ成り立つ
この監督はそう言った。
そのためにここまでのことをし、経済をかけた。
そしてこれは大きく経済を動かしている、と。

この内容すべてがまるでここ(地球)の世界じゃないか・・・と、わたしは痛感した。

誰もがトゥルーマン
トゥルーマンを見守り応援する多くの視聴者たちは、高次たち

わたしは『超シャンバラ』の本を思い出した。
地底内部に住む高次たち(5次元意識)は、わたしたちを日夜観て知っていると言う。
図書館で各個人の資料を見るのではなく、今まさに映画を観るように1人1人を観ることができると書いてあった。
座って映画を観るように観るのだと。

多くの視聴者たちの中には、エキストラとしてこのトゥルーマンの世界に出る人たちがいる。
そのエキストラの中から、彼に真実を知らせようとする者もいる。
だがそんなことをすると、監督の指示を受け強制的に町の人になりすましたスタッフたちに連れ去られる。

ほとんどのエキストラが無線で通じ合い、トゥルーマンを監視する目となり、監督からの声を聞く。
トゥルーマンが本当のことに気づかないように、真実に目醒めないように

そんなトゥルーマンがあることから、何かがおかしいと感じ出す。
何がおかしいのか探ろうとする。気づこうと一生懸命になる。
妻や幼なじみに相談するが、ごまかされたり茶化されたり、ときには涙に訴えてまでも彼の気づきを制しようとする。

トゥルーマンはもう何も言わず、1人周りを観察する。
今まで確かめたことがない気にもとめなかった、日常の当たり前をよくよく観察する。
そしてついに彼は、一番恐れていた海に飛び出した。

それを制しようと海の天候さえ嵐に変える監督。
それでも彼は死を覚悟で、望んで突き進んでいく。
彼の中にずっと秘めていた愛を求めて

そのすべてを視聴者たちは息を呑んで見守る。応援する。
その島から出れるように。真実を知ることになるように。

ヨットで海に出た彼は、やがて空にぶつかる。
そう、セットの空、海の地平線にあるはずの空に。

その現実を知ったとき、彼は泣き崩れた。
いかに自分が騙されていたかを。
彼は階段を見つけた。
その階段の先には、彼の生まれたときからずっと生きてきたセットの世界を飛び出せる扉があった。

その扉を恐る恐る開けようとする彼に、監督自身が初めてセットすべてに通じるマイクを通じて話しかけた。
優しく、さとすかのように

その語りかける最後に監督が言い放った言葉は、
「お前は恐くてそこから出れない。恐怖が出れないようにする。そこを出るのはやめなさい。お前がいるその世界が真実なんだ。そこにいれば恐くない。そこを出ればもっと恐いことが待っているんだよ。安全なのはそこだ。そこから出てはいけない。」

うろ覚えだが、このようなことを言った。
でも彼は屈することなく、愛を求めて愛に逢いに行くため歓びをもってその扉を開けた!
トゥルーマン・ショー(テレビ番組のタイトル)で彼が毎朝交わす挨拶を残して・・・。

「会えないときのために。おはようこんにちはこんばんは!」
この映画を観た人ならこの言葉に笑うだろう。

この映画は本当に深い。
書き表せてない感じたことが、他にもまだいっぱいあったと思う。

まさにわたしは過去、トゥルーマンだった。
そして今、このセットから出ようとしているトゥルーマンでもある。

恐怖を前にしている。
恐怖に足を踏み入れている。
恐怖にかまわず進もうとしている。
震える自分も知りながら。
それでも進みたいのだ。


トゥルーマンが扉を開けた瞬間の多くの視聴者たちの歓喜ったらなかった!
みんながみんな、自分ごとのように歓び、涙を流し、体全体で歓喜にはしゃいだ。

きっとわたしが扉を開け、その扉から出るときも、高次たちは同じようにそれ以上に歓喜に歓び踊ってくれるだろうと、トゥルーマンを観ながら感じていた。

その後わたしは2回も続けて観た。
それは何度も霊的視点で観ることで、自分の意識をビジュアルからも変換させようとしたかったからだ。

おかげでそののちわたしは、すべてがセットだと思えた。
すごくリアルな、どう見てもどう感じても現実としか思いようがないほどの、よくできたセットだと。

目を醒ませばいいだけなんだ・・・。
ここはとてもよくできたリアルに感じる夢の世界・・・




 




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posted by dozen/Ren at 02:48| 0610 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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