「れ〜んさん、蓮さん、ちょっとぉ蓮さぁ〜ん!」とリズム調子でわたしを呼ぶ声が向こうから聞こえてくる。
1111:2006
vol.2
1111.
photo : dozen/Ren

こういう呼び方を龍がするときは決まって驚きのものをPCで発見したとき。
何を見つけたんだろうと部屋に向かうと、
「こ〜んなメールがトリンちゃんから届いてまっせ〜。」と。
トリンちゃんブログはこちら⇒http://torin.seesaa.net/
「突然なんですが、今日、修ちゃんの仕事にくっついて一緒に京都に行くことにしました。夕方1人で食事なんですが、一緒にいかがですか?」と。
驚いた!
何やら龍にもわたしにも携帯鳴らしたけど繋がらないのでPCにメールしたとある。
そうか・・・。新しい番号をトリンちゃんに教えてなかったんだ。あらら。
でもうまい具合に、届いたばかりのメールをちょうど発見した。
わたしはすでにPCを閉じていて、龍も閉じようとしたそのとき、なぜかメールのチェックをしようと促されたとのこと。
すぐに返事が返ってきたトリンちゃんも驚いたらしい。
半分諦めでメールを送っていたそうだ。
電話でトリンちゃんが「変容、大丈夫?蓮ちゃん出てこれるかな?」と言ってくれているという。
龍は、「今さっきまで変容してたよ。こればっかは様子を見ないとわかんないから、こっちに着いたらまた電話くれる?」と返事していた。
トリンちゃんにとって今日の11日は、元々class5の仲間がトリンちゃんちに集まる予定だった。
ところが日が間近に迫って、見事全員が予定できずキャンセル。
修ちゃんは修ちゃんで元々、京都での仕事は違う日の予定だった。
平日だからトリンちゃんは自分の仕事があるから付いていけない予定だった。
ところが突然、修ちゃんが「今日、京都に行くわ。」と言い出したそう。
そうなれば、まるで一緒に行きなさい・・・と促されたかのようにトリンちゃんは感じた。
確認にラブカードを引いたら出たカードが「流・動を止めてはいけない」。
これはもう行けってことね・・・ということで、dozenに電話した。
ところが2人とも繋がらない。
え?こんなスムーズに事は流れているのになんで?・・・と思ったそうだ。
そこで半ば諦めモードでPCにメールしたら、こっちはこっちでうまい具合にそれを見つけ、見事スムーズに事は流れた。
流れが本当にいいって、こういうことだよなぁ、見事に促されている。
トリンちゃんと一緒に夕食しながら、みんなでその凄さに驚いた。
今日は土曜日で、時間帯も時間帯。
道々、お洒落な目ぼしいカフェやレストランを全部覗いたけど、すべて混んでいた。
こうなったら最初から言っていたオムレツの店に行くしかないな・・・となった。
はなからココにしようと言っていた所だ。
そう話しながら歩いていると、向こうからトリンちゃんがやってくる。
慣れない京都で地図を片手に、わたしたちとの待ち合わせ場所に向かおうとしている様子。
あんまりにも地図を一生懸命見ながら歩いているから、目の前にいるわたしたちにも気づかない。笑
「偶然だねぇ、トリンちゃん。」と声をかけたら驚いていた。
この出遭いは数分の差。
もし1分でも彼女が先に歩いていたら、曲がり角を曲がってしまっていただろう。
まさに流れふさわし。
そしてオムレツショップはまったく混んでない。
そのあとお茶したカフェも同じ。
どこも混んでいる中で、わたしたちが行く所はすべてわざと空けてくれているかのよう。
そして変容だってそう。
夕方間近に再び激しい変容が起き、体力消耗で疲れを感じたが、ちょうど着替えて化粧をしているときに、再びトリンちゃんから大丈夫そう?・・・と電話が入った。
変容が終わった直後は行けるかな?・・・と思ったが促されるように用意しているわたしがいた。
待ち合わせより早めに用意ができたので、「このまま出かけて本屋でも行こうか」となった。
そうやって時間より早めに出てるにも関わらず、すごいタイミングでトリンちゃんに出遭う。
これだけ見事な流れは、いったいどんなメッセージだろうと思った。
今のわたしたちの現状だろう・・・となった。
導きにゆだねている・・・ということ。
最初に決めたオムレツ屋で良かったにも関わらず、待ち合わせ場所に向かいつつ、道々ほかの店をチェックしているのはどうなんだろ・・・と思ったが、1件1件を確認することで、最初の直感でよかったのだ・・・ということが逆によく理解できたし、1件1件覗くことでトリンちゃんとの出遭いはナイスタイミングになった。
他にはどんなメッセージがあったんだろう・・・となった。
夕食を食べながら考察しているときに言ったトリンちゃんの言葉を思い出した。
「みんな(class5)とは過ごせなかったけど、dozenと過ごせるなんてラッキーだ。dozenとスピカフェしてるもんねぇ。おまけに明日、鞍馬にも行っちゃうもんねぇ。」と。
わたしたちにすれば、みんなに逢えないけどこうやってトリンちゃんと過ごせている。
これはいつも通りの日常なら、なかったことだ。ギフトだ・・・と思った。
おかげで3人、いろんな霊的な話しができた。
ずっと続いていた変容の毎日だったわたしにとって、思いもしなかったギフトであり、変化だ。
変化は創造だ。
そうか・・・。
導きを信頼して起こることにゆだね、それをいちいち顕在で理解したり納得したり、性急に答えを求めようとしないで実際に動いていれば、思いもしなかったギフト=変化=創造が訪れるっていうことだ。
関連日記⇒http://ryu-and-ren.seesaa.net/article/27194791.html
これって奉仕だよなぁ・・・とも感じた。
純粋に奉仕する(霊的役割=自分のしたいこと)中でも、いついつという決めた日に向かうだけが奉仕ではなく、純粋な奉仕は「時や、わざわざやる内容」を初めから設定しなくても、いつだって奉仕するときは訪れるものだってことだな。
純粋な想いで霊的にゆだねていれば、自分がしたいことはいつだって向こうから自然に訪れてきてくれる。
言い方を変えれば、何を決めずともいつだって奉仕できるチャンスを目の前に導いてきてくれるってことだ。
奉仕はいつだって目の前にある・・・ってことを言わんとしている。
カフェでお茶しているとき、トリンちゃんからおみやげを貰った。
可愛らしく包装された中に、3つの種類が違うケーキ菓子が入っていた。
ご褒美だ。
すぐにわたしは1つ食べることにした。
龍とトリンちゃんにも勧めたが、お腹が一杯でいらない・・・と。
結局わたしが全部、いただくことになった。嬉しい。
これは1人占めしないで分け合うハートでいることが、自ずとすべて自分に返ってくる・・・ということだ。
甘いお菓子は、霊的には甘美なエネルギーという意味がある。
3は、直訳だけど三位一体。統合だ。
霊的流れに(顕在抜きに)素直にゆだねていれば、ギフト=変化=創造や奉仕は自然に訪れ、その奉仕は常に目の前にある。
それには甘美のエネルギーを自分に取り入れるというギフトが携えられており、これらはすべて統合に向かっている・・・、ということだと感じた。
1111の今日、
11時11分11秒には見事に変容の真っ只中にいて、しかも龍もそばにいて龍は瞑想という形で一緒に味わうことができ、
さらにトリンちゃんをわたしたちに逢わせることで、1111にはわたしたちにとって、わたしにとって、いったいどんな意味があるかを明確な具現で教えてもらった。
答えは、常に今に存在している。
顕在は常にあとからついてくる。