2006年11月30日

痛いやないか!!

サイクリングがてら山の方面へランチに出かけた。
いつもより遅い昼食。

1129:2006
vol.2
I have a pain in it!
photo : dozen/Ren

477b.ren.jpg

その後、ブラブラとPCショップや電化センターに必要な物を買いに行った。
帰りはわたしの大好きなメープルパンを買いにパン屋さんへ。


山方面に行く時は必ずこのパン屋さんに寄る。
その大好きなメープルパンがここのオリジナルで、ここにしか売ってないからだ。
いつも1斤丸ごと買って帰る。とっても美味しいのだ。

買っている間、龍は外で待っていた。
さぁ、あとは晩御飯でも買って帰ろうかと自転車にまたがろうとした瞬間!
激痛・・・。

またがろうと足を挙げたら見事、横に置いてあったバイクに右足首くるぶしを、稀にみる強打ぶり。
自分の自転車におもわず寄りかかり、とにかくその痛みに耐える。

先に坂を降りかけていた龍は現場を見ていないから、何をしきりに下を覗き込んでるんだ?・・・と不思議に思ったらしく戻ってきた。

「何してんの?」
あまりの激痛に痛すぎて笑ってしまうわたし。
「痛いねん!」
「お腹か?」
「ちゃう!足や。足打ってん。」
「あららぁ。可哀想に〜よしよし。」と、背中をさすってくれる龍。

わたしは思わずバイクに向かって「痛いやないか!!」と言っていた。笑
そこへ龍が、「へ?い、いやいや。ちゃうやろそれ。」と笑っていた。

あまりにインパクトがあったのでさっそくリーディングした。

肉体レベルから霊的精神的レベルへの飛躍への変化の著しさに、なんとかバランスを取ってきたわたし(女性性)。
そのわたし(女性性)が今、バランスを壊す。←具現化レベルで。
それは変化(キリスト化)への恐れからだ。
さらに前進するにあたって、わたしは自分に柔軟性や支援支持を欲求している。


そうとう痛かった。
痛いやないか!・・・はつまりこういうことだ。
わたしはさらに前進するのに恐くて、「恐いやないか!!」・・・と、言っているのだ。笑

他にも視点はある。

メープルパンはこの店のオリジナルだ。
それをわたしは手にしている。
つまり自分というものは、いかにオリジナル(創造)で、もっと言えばオリジナルに自分の個性をもって、それは自分らしい自分なりのユニークさが含まれた成熟(創造)で進む・・・ということだ。

法則はシンプルで共通しているが、その成熟(創造)の進み方、進行度は人それぞれオリジナルだ・・・ということ。

パン屋には錬金術師という意味がある。
パンは霊的滋養物。
バイクは自転車よりもスピードが速く、もうバイクは待機されているのにわたしは無意識にバイクをおもいっきり蹴ったことにもなる。

錬金術(キリスト化)という領域からオリジナルな成熟という霊的滋養を手に入れながら、その恩恵が待機されているにも関わらず、わたしは恐くてそのさらに前進するためのバイクを蹴っ飛ばしているのだ。
それに向かって「恐いやないか!!」とまでぶつけている。笑
蹴ったのは右足。右。つまり、男性性。

おかげで今のわたし(女性性・男性性両方)に痛みが走る。
おもいっきり蹴った分、痛みは激痛。
全身(女性性・男性性両方)に痛みは伝わり、しかし特に痛いのはその右足(男性性)だ。
それだけ恐いのだろう。

おかげで自分の恐れに気づき、自分自身の柔軟性や、自分は支援支持を求めていることが分かった。

家に戻って少し腫れたその足首を龍に見せたら、ヨシヨシと言いながらそこに龍はつばをつけた。
「な、なんでつばやねん!」笑
そう言えば昔のおじいちゃんやおばあちゃんは、よくそうしたもんだ。たぶん。

それをリーディングしたら、なんとその意味は、

恐れを手放しなさい。マイナス感情を捨てなさい。訪れるものを受容し表面化していきなさい。・・・というメッセージだった。

龍がつばをつけたことから、それはわたしの男性性であることもわかる。
つまり前進するために、わたし(女性性)は男性性の支援支持を求めていたこともわかる。

昨日の夜の変容で、龍がわたしの右側に現れたのもよく理解できた。
関連日記⇒シャクティパット
右足をぶつけるということは明らかに男性性が顕在で恐れている。
つまり具現で言えば、男性である龍が恐れている。

わたしを安心させゆだねられるように、右側に龍が現れる。
顕在ではない龍。無意識かあるいは霊的レベルの龍。
それはわたしにとって男性性。
それは支援支持でもある。

今まで龍がわたしにジェラシー(妬み・競争)を抱えていたが、どうやらこの出来事でリセットが始まっていることがわかった。
関連日記⇒真の救いへとリセット
昨日この日記↑の最初の方に、

リセット(改善)かぁ・・・。何をリセットするんだろう。それとも何がリセットされているんだろう。と書いていた。
それが、自分たちの関係であったことも分かった。
その関係のどうやらリセット(改善)が始まっているようだ。

そう言えばちょうどそれを裏付けるかのように、今日のランチで龍はこう言っていた。
「俺があまりにエゴってて、そこでサナンダが伝えてくれた言葉が胸にあるんだ。『蓮を、自分だと観なさい。蓮はあなたなのです。』って言葉がさ。」

右は男性性でもあり、与える側でもある。
男性性が女性性の成熟進行に対し恐れ、つまり具現では龍がわたしの成熟を恐れ(男としてジェラシー[妬み・競争])、しかしリセット(改善)を始めることで今度は与えよう(支援支持しよう)としている。
与える・・・は、本来の男性性の霊的在りようだ。

振り返ると他にも具現はある。

錬金術師(パン屋)の内=フォース(中)に入り、霊的滋養物(パン)を買いに直接行ったのはわたし(女性性)だった。
龍(わたしの男性性)は、=パワーで待っていた。

さぁ行こう(前進)!となって先に龍は坂を下り始めていた。
つまり足並みが揃っていない。
揃ってない間に何が起こったか。

その激痛内容はすでに先に書いた通り。

要はわたしの男性性(龍)が恐れる(エゴる)ことで、それが表面化(今日の具現や、ここのところの2人の関係)にまで及んでいる。
つまり、具現であるこのわたし(女性性)が激痛に襲われるほどにまでなっている・・・ということだ。

男性性(龍)の恐れは女性性(わたし)の、
わたし(女性性・男性性両方)にまで
影響を及ぼしている・・・ということ。

結局、内なる自分のどちらの性であろうが、そのどちらかが恐れれば(エゴを選択すれば)、それは自分にとって必ず具現化する。
内的にも具現(外)的にも、どちらの領域でも痛み恐れる結果になるということだ。

しかし同時に昨日からリセット(改善)が始まっていることがわかる。
ゆえに昨日の夜には霊的龍(内なる男性性)が、わたし(女性性)の変容が進むよう支援支持に立ってくれていた。
・・・与えることで男性性も成熟が増す。

現にここ1週間の龍自身が、わたしをいたわるようになり支えよう(与える)と行動や態度が変わり始めている。
ちょうど横浜カレッジ前日からだ。

そして今日のランチでもサナンダの言葉を出している。
さらにその席で龍は、来月のclass5のテーマを『思いやり』にしたいと言っている。
「相手の立場で考え思いやりをもって接する」。
これが詳しいテーマだ。

どうしてそれをテーマにするか、class5の評価をしているので
「それってみんなというよりむしろ龍自身に必要なことだよ。」と、わたしが言うと
「うん。そうだね。」と認めていた。

どうしても龍は外を見るようだ。
わたしからは龍自身が自分を観、変化することで仲間さえ変化するのに・・・と、感じてしまう。

これはわたしにとっても必要なことだ。自分を救う意味でも。
わたしの男性性に必要なこと。

以前に龍にこう聞いたことがある。
わたしにとっては意を決して述べたが、その時の龍にはまったく伝わらなかった。
ちょうどカレッジの1週間前だろうか。
「龍ってさ、人の痛みって分かる?相手の側に立ってみれる?」と。

これらをわたしは掘り下げたいと思っている。
男性も女性も、互いに性別は異なっていても、それぞれに内なる男性性と女性性は有している。

龍は自分自身が男性であって男性性を学ぶのと、
女性であるわたしが、内なる男性性を学ぶのとでは、
同じ男性性というものを学ぶ点では一致しているが、その質となれば、まったく同じだとは言えないからだ。

ゆえに・・・同じ男性性を学ぶという点において、

『相手の立場で考え思いやりをもって接する』は互いに必要であれど、
龍は龍自身そのものが影響し、必要としている。
わたしは内なる男性性の部分が必要としている。

そのあとの龍への問いかけの『人の痛み。相手の側に立ってみる。』についても、これは同じこと。

どちらも同じことで、
龍にとっては龍自身そのものが影響し必要とし、わたしは内なる男性性の部分が必要としている。

これはつまり、龍は男性として自分自身を知ることが必須となる。
その背景にあるこの3次元レベルの霊的真実(この社会の刷り込みも含)や仕組みを把握(理解)することも踏まえ、インチャの傷を愛に変換する作業も入ってくる。

言わば、まるで自己探求そのものだ。
つまり、自己探求そのものが龍は低下しているか、スパイラルしているのだろう。
自己探求の甘さは『実践』において高次たちからも何度も言われている。

そしてわたしの方は内なる男性性を学ぶ。
男性が自分自身を知っていく上で、全体性から掘り下げそのものの男性性を学ぶに至るように、わたしはその部分を学ぶ。
そしてその部分を通し、実際にそれを自分に当てはめ実践すること。

龍はわたしとの関係において、自分自身に実践するのが近道。
わたしの学びの場合は、自分自身に直接、実践していくことになる。

龍は関係性において。わたしは直接に。・・・と、一見土壌が違うように思うかもしれないが、これは「どのように」が違うだけであって、どちらも自分自身に取り組むことなのだ。

これらをそれぞれ互いが取り組むことによって、自分を救う行為が他者へと(パートナーへと)波及するように、同じ法則が働く。


こうして具現を通し、自分自身が、また互いの関係が、どのような状態にいるかがよく分かる。
とても大切な探求ツールだ。

今、わたしの男性性は、そして龍は、さらなる各自の成熟と2人の成熟に向かってリセット(改善)が始まり出している。

男性性女性性というものは、霊的成熟には必須となる。
これはインチャからインナーへ大きく霊的視点を飛躍することが必要なように、インナーは男性性女性性へと霊的視点をさらに飛躍することが望まれる。
男性性女性性は霊的成熟には必須であり、それは当然アセンションには重大に密接に関わる必須となる。

わたしはイニシエの経験を通し、改めて痛烈に感じているのは、いかに人類がセクシャリティに問題を抱えているか・・・ということだ。
これはこれからの最大のテーマ『女神(創造)のエネルギー』の理解と復活に大いに関わっている。
関連日記⇒地球のシフトへさらなる飛躍(メッセージ参照)



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posted by dozen/Ren at 01:11| 0611 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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