2006年12月01日

光(愛)でも闇(エゴ)でもアセンションする真実

わたしが男性性を掘り下げながら日記を書いている横で、龍は来月の京都カレッジのインチャレッスンの内容を作っていた。

1130:2006
vol.2
The truth that even darkness and an ego do Ascension of for light and love..
photo : dozen/Ren

479b.ren.jpg

日記が書けたので龍に見てもらった。
わたしは自分の書いた日記で感想やアドバイスなど、第三者的なものが欲しいと感じたときは龍に読んでもらってから日記をアップする。






そうして龍の意見やアドバイスに耳を傾ける。
客観的な視点や、わたしとは違う霊的男性(男性性)的視野が非常に役立ち、助けられることが多い。
それらを今度は自分の霊的視点をもってチョイスし、改善しアップする。

龍が日記をアップするときは、必ずわたしのチェックを求める。
わたしが理解できないことはきっと読んだ人も理解しにくいだろうと思っているからだ。

それは、わたしがピン!と感じない限り本を読まない(読めない)ことに関係している。

元々、導かれるとかエッセンス的に時がふさわしいとか、真実性にピンときたときしか必要な文字を読まない(読めない)・・・というわたしの特徴を知って、その部分を龍がチョイスしているのだ。

しばらくして今度は龍がインチャのレッスン内容を聞いてほしいと言ってきた。

レッスン内容のチェックを求めるのも同じ理由。
カレッジのclassで龍が扱う内容は、必ずこうやってわたしにチェックを求めてくる。

龍はわたしがピン!とくるかどうかを話しながら、わたしの反応をチェックしている。
わたしが理解できないこと、それはつまりピンとこない質だということでもあり、何か真実からずれていたり情報や解釈のはき違えを起こしていたりすると龍は判断(目安に)している。

わたしはただただ自分の感じたことを言うだけ。
そこから互いのコミュニケーションが深まり、そこから生まれたわたしの意見や龍自身が感じたことを、改善や、さらにエッセンスとしてチョイスしまとめていくのが龍のやり方だ。

そのレッスン内容がビンゴなときは、すかさずわたしの顔が霊的に反応するので、さらに龍はその反応を必ずチェックしている。
霊的反応は、本当に今まであらゆる事柄でたくさんの益をいただいている。
感謝だ。

今日のレッスン内容を聞きながら、わたしはまた気づいたことがあった。

それは、アセンションに向けて成熟すればするほど、それに反比例し今生でのインチャが、生まれたときに向かって逆行で癒されていくという真実。
今の自分から赤ちゃんの自分へという方向性流れがあり、その方向性で癒されていく。

もちろんインチャの年代の混合は起きるし、過去生の混合もあるが、混合しつつでもその流れの方向性は赤ちゃんへ向かう、ということだ。

上下に置き換えたらこういうことだ。
上下の真ん中の点が自分だとしたら、アセンション方向へ成熟・上昇していくのと反比例し、癒しは自分が生まれた方向へと過去生を巻き込み下降していく。

産道を抜ける(生まれる前)のもアセンションするのも表裏一体の法則がある。
またアセンションには死とも表裏一体の法則がある。

これらは、わたし自身が体験した変容(アセンションへ向けて)が裏づけとなっている。
このことに気づいたとき、さらに気づいた。

光と闇も同じ法則だと。
光の質が成熟・上昇すればするほど、反比例するかのようにエネルギーは下降し闇も癒される。

これは上下と仮定した場合だ。
実際は多次元なのでもっとわたしが観ている視点は複雑なのだが、単にこう表現すると分かりやすい。

そしてまたこのエネルギーは単に真ん中を基点に、上には上だけ、下には下だけ流れがあるのではなく、成熟し上昇したエネルギーはすでに上昇した成熟したエネルギーを引き寄せ下降するという原理があり、下降し癒されたエネルギーはすでに成熟したエネルギーに引き寄せられ上昇するという原理が伴っている。

これも体験してきた変容で知った真実であり、変容のエネルギーの流れや進む経過が裏付けしている。

これは霊的な宇宙法則だ。
ディセンション・アセンションにもあてはまる。
もちろん変容の際、体内で感じるエネルギーの流れもそうだ。

このさまざまな表裏一体と、エネルギーの流れの法則を平面上や、上下という制限に囚われずに観ていくと点でしかない。

点というコア(核)には、実は点が存在するのではなくゼロだ。何もない。無。無限。無限の愛のエネルギー。
いいも悪いも判断もなにひとつない状態であり、このエネルギー、点、無はスパイラルしている。
またこのエネルギー、つまり点はスピリットもどの層の自分も、そして魂も無意識も有している。
さらには今生きているこの肉体の人間は、誰でも有していて常に共に在る。

この話と、以下に話すことは関連しあっていて、以下の話の光も闇も結局、この話した点ゼロに行き着いてしまう。

言葉と文字にはどうしても制限があり、表すにはせめてフラワーオブライフのようにシンボルがいっぱいいっぱいで、それがさらには音や光というエネルギーでしか表現しようがなくなる。



龍の話を聞きながらそんなことを感じていたらもうひとつ、すでに知っている法則がふいに浮かんだ。

自分の内と外の一致の法則があるが、これは光でも闇でも起こる。

愛(光)の内外一致を起こすと物事はスムーズでハードル(障害)はない。
闇(エゴ)も同じで、心の闇と外が一致すればスムーズでハードルはない。

内外が一致しないとき、
愛(光)にとって障害(ハードル)と感じるのはエゴ(闇)。
エゴ(闇)にとって障害(ハードル)と感じるのは愛(光)だ。

愛に溢れても人生は豊かだし、闇に溢れても豊かだ。

愛を欲求(選択)する人には、自分の選択通り欲求が叶うので愛に溢れる。
エゴを欲求(選択)する人には、自分の選択通り欲求が叶うのでエゴに溢れる。
どちらも希望通りなので、どちらにとっても当人には心地いい。
(なぜ心地いいかはすぐ下に訳がある。)

しかし選択が違う場合。
つまり、

愛を欲求(選択)しているにも関わらず、エゴがあるとそれは心地よくない。
エゴを欲求(選択)しているにも関わらず、愛があるとそれは心地よくない。

愛を欲求(選択)している人からすれば、エゴを欲求(選択)するのは理解できないかもしれないが、
エゴを欲求(選択)する人というのは機能不全を起こしているので、それが愛を欲求(選択)している人のようなエゴと同じには感じないのだ。

むしろエゴを欲求(選択)している人からすれば、愛を欲求(選択)している人の愛は、魅力でも愛でもなんでもない。
関連日記⇒わたしの男性性と無限の愛

愛(光)もエゴ(闇)も、どちらも豊かさの質は当然違うが、どちらも自分の欲求は満たされ満足で心地いいのだ。

愛(光)にとってはエゴ(闇)のすることは信じられない!・・・と思うかもしれないが、
同じようにエゴ(闇)にとっては愛(光)が求める愛など、何ら魅力ではないのだ。
ゆえになぜ闇が存在しつづけ、心の闇のエネルギーを好むのかがよく理解できると思う。

そして、
愛の成熟もあればエゴの成熟もある。
光の成熟も闇の成熟もあるのだ。

愛や光が成熟しアセンションするならば、
エゴや闇もアセンションする。

このわたしが言う真実をプレアデスが裏付けている。
『プレアデス覚醒への道』にはこうある。

それは4次元5次元の光と闇の存在の説明であり、どちらの次元の領域にも光と闇の高次たち、マスターが存在していることが書かれている。

つまり愛(光)でもエゴ(闇)でも成熟すれば次元上昇するということ。

これを上下で表現すれば、上は光(愛)となるし下は闇(エゴ)となる。
光は成熟すればするほどエネルギーが軽いし、闇は成熟すればするほどエネルギーが重い。

しかしこれは上下という制限でしか表現していない。

先に述べた光も闇も次元上昇するという表現をさらに加えて理解するには、今度は紙を立体に使ったほうが分かりやすくなる。

長方形の紙を縦長に上下に置き、上が光とし下が闇とする。
上下表現では、上の光は成熟すればするほど上が軽いわけで、下の闇は成熟すればするほど下が重い。

上ほど成熟し、下ほど成熟している。

その紙を今度は持ち上げ、くるっと丸めてわっかにすれば、一番成熟している部分の上下がくっつく。
くっついた箇所を今度は上にしてみれば分かる。

わっかのくっついた部分を上にしてみることで、
4次元5次元へと、光も闇も次元上昇するという意味がわかるだろう。


プレアデスの説明を日記一番下に抜粋。


ここでわたしは改めて気づいた。
それは、わたしの変容(アセンションへと)も高次たちやスピリットのアクセスも、すべていっさい顕在では起こせない・・・というその真実だ。
まったくこの顕在のわたしのコントロールは不可なのだ。

顕在のこのわたしは何ら知識をもっていなくても、自己探求(創造)しながら愛を選択しつづけることで、すべて霊的に自動で自然にアセンションに向かっているというこの事実。

世の中にはたくさんのスキルやワークやヒーラーなど、ライトワークやライトワーカーがいて、本当に溢れるほどの情報を教え取り組んでいる。

クンダリーニの昇華とか覚醒とか瞑想とか呼吸法とか、マカバだとかカーエネルギーだとか、DNAの構築や透視だとかエネルギー伝授やさらにはアセンションするためのさまざまなスキル。

この日記で取り上げたプレアデスの本も、覚醒させアセンションさせ、スピリットとなるのが目的で書かれているチャネル本だ。
けっこう分厚く、たくさんのスキルが載せられていて、実際にこれらを扱うワークショップがズラーっと用意され案内が載せられている。

これらすべては顕在からみんな取りかかっている。
実践するのだ。さまざまなスキルを。またエネルギーを流してもらったり。

なのにこのわたしは、クンダリーニ覚醒・昇華も自然に自動に起こり、呼吸もカーエネルギーもDNA構築も、細かく取り上げればきりがなく果ては変容までもすべて自然に霊的自動に起こっている。

勝手に浄化は起きるは解放はされるは、ヒプノに行かなくても過去世やスピリットの記憶の蘇りは起こるは、チャネルを顕在から働きかけなくても自然に自動に高次側からアクセスがくるは、さまざまな情報やスキルを教えてもらえるは、アセンションは誘導してもらえるは、イニシエまでもできる。
至れりつくせりだ。

わたしは何の努力もしていない。
一生懸命取り組んだのは、自己探求であり愛の選択だ。それにまつわる愛の実践だ。

つまり愛が、すべてを起こす
しかも自然に。自動的に。霊的愛によって

この重大なことに、どれだけの人が気づいているだろう。

いかに顕在からのアプローチが、実はパワーでありコントロールでありエゴであることに気づいているのだろう。
顕在からの取り組みで、霊的成熟が未熟な他者から流されるエネルギーや故意的に無理に行うスキルでどれだけの傷を自分のエネルギー(オーラやチャクラなど含)が負っているか分かっているだろうか。
目に見えないなら大丈夫なのだろうか。気づかなければいいのだろうか。
(もちろんスキルによっては例外がある。わたしたちが心がけるのは誘導瞑想でもエネルギーレッスンでもリラックスや自分の感じる心地よさだ。)
顕在、パワー、コントロール、エゴ。
つまり闇。闇への加担。・・・であることに真に気づいている人がいるだろうか。

闇は光をまとう。
必ずいいことを教える。その100%の中にどれだけの闇が混流しているかは別として。
闇は人の弱さ=心の闇を人よりよく知っている。

この真実にどれだけの人が気づいているだろう。

膨大な経済をかけ、またビジネスにもなっているそれらに巡りに巡っているが、
ちゃんと自己探求し、愛を学び愛を選択していくことで、すべては何の努力もなしに自然に自動に事は起こり、しかもアセンションしていく真実がここにある。

今ではその真実を味わっているのはわたしだけじゃない。
その変容がカレッジで始まり出している。
誰もが顕在で起こしていないし、起こせない。人が顕在でコントロールできないようになっている。
すべては霊的。

世の中はどれほどの時とお金をかけて身につけ、またアセンションに向かっているか。
これは過去の地球の歴史でもたくさん起こっている。

しかしカレッジでは、それらが数ヶ月(早い人は2ヶ月)で、しかもアセンションへ向けての変容が起きている。

クンダリー二覚醒や呼吸法や瞑想(瞑想という技術自身)など1度も教えたことがない。
カレッジは非常にシンプルだ。
それでもそれらは霊的に自動に起こり、インチャや過去生の浄化解放までも起こっている。
他にもさまざまな恩恵が霊的に自然に自動に起こる。

イニシエがこれらの大きな要因を司っているのも在る。

また1人の変容(わたし自身も含め)それじたいが、仲間の他者の変容をいざなうのも分かっている。
これはアセンションの図書にも裏づけがある。

この大きな違いに、どれだけの人が気づいているだろう。

闇で取り組んでも成熟する。能力は開花する。覚醒もする。
そして・・・、アセンションもする。

誰でもすぐに心地よかったり、癒されたり、楽になったり、
マニュアルやスキル・伝授ですぐにヒーラーになれたりするのは、とても魅力だろう。
チャネルしたり透視したりも魅力だろう。

だが実は、大きな霊的視野や大きな生の流れでみたとき、
実はどちらが遠回りで、どちらが近道なのかが分かるはずだ。
物事を表面で捉えてしまうのか、その背後に在るものさえ捉えることができるのか。

カレッジは非常にシンプルだ。
自己探求・自己創造が土壌にあり、
高次たちやスピリットが密接に関わりあい、共に共同創造している。
そして常に体験を土壌に真の真実や、高次たちやスピットからの愛ある情報が伝えられ、実践している。


今日書いた日記の内容を真に理解したとき、きっと驚愕するだろう。
そして今までずっとdozenが書いてきた闇関連も理解するだろう。

自分がどんな所で生きているのか、よくよく知ったほうがいい。
ここ地球、ここ3次元がいかに闇のグラデーションが濃い場所であり、そこで生きていることを。その自覚をもったほうがいい。

ここはまだまだ古い真実(輪廻の縛り)が生きているところだ。

今までにこの地球にどんな霊的歴史が在ったのか。
そして今、シフトがこれほどまでに近づいているその真の意味を知ったほうがいい。

地球が存在する歴史の中で、これほどのシフトがくるのは、実はどれほど闇が濃くなっているのかが理解できる。
ピークなのだ。分離の。





4次元

感覚としての意識、および感覚に基づいた思考としての意識を保有する存在たちの世界。
闇と光の二極性を含む次元である。

この世界の意識は、アセンションにいたるキリスト意識への第一段階である。
ここから多数のガイドや天使や高次元のマスターたちが、霊的な成長と進化を受け入れる準備ができている3次元の人間たちにインパルスを送っている。

人間は、光の世界と対になるこの次元の闇のアストラル界からのインパルスも受け取っている。
この闇の存在たちは、ネガティブな思考や悪癖や抑圧された感情、または癒されていない人間の影の側面が発する低次元の波動と調和して、人間を闇の世界に引き寄せてコントロールし、人間の痛みその他の濃密なエネルギーを食べて生きている。

人間が在り方、考え、感覚、行動のすべてにおいてより高波動の資質を発達させ、自らの影の側面のカルマ的なパターンを超越するにつれて、4次元の光のインパルスに引き寄せられるようになり、闇の支配と奇生体から自由になれる。

この次元の闇の極性では、悪夢や霊的な虐待が起こる。


5次元

この次元にも闇と光の二極性があり、そこに住む存在たちは3次元と4次元を混合させた非物理的な精妙なエネルギーを保有していて、その形態をいつでも自由に変えることができる。

この次元の光の領域では大半が人類の個人的ガイドとして働くか、天使や高次元マスター、「偉大なる白い光の同盟」のメンバー、中間レベルの入門教育機関やカルマに関する機関、「光輝くディヴァ」や守護天使などに仕える存在で構成されている。

肉体をもって生まれ、アセンションと4次元の「光のシティ」での移行をまっとうした直後に到達する。
具現化されたキリストと仏陀の意識次元でもある。

飛ぶ夢、癒し、高次元での体験や教えに関する夢はこの次元で生成される。
つまり夢という時間を通して人々のより低次元の世界における創造と顕現に働きかける。
物事の原因を生み出すコーザル界である。

表現を変えると、人間が時間と空間の現実に自らの人生を織り込むための場所であり、その夢は眠りから覚めた生活の営みに実現される。
高次元の意識、覚醒夢、白魔術はこの世界に内包される。

いっぽうでこの次元の闇の領域は、黒魔術と支配によって象徴される力をもつ闇の権力者たちで構成される。
そこには闇の天使、闇のマスター存在、妖術師、低次元のアストラル界の統治者などがいる。

人間が心と霊性を統合しないままに偉大なサイキック・パワーやマインド・コントロールの力を発達させると、この世界の支配を受け、睡眠中や死後にその世界へ行く。

本当の自分を取り戻していく覚醒イニシエーション
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posted by dozen/Ren at 03:51| 0611 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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