2007年02月05日

幼稚園

ここ地球は、高次たちの大いなる視野からすれば、幼稚園なのだそうだ。

0205:2007
A kindergarten.
photo:dozen/Ren

516b.ren.jpg


これはわたしにアクセスをくれる高次たちが言ったのではなく、何かの本に書いてあったお話。
何の本だったかは忘れたが、ふいにその『幼稚園』ということを思い出したのだ。


 

そして次に思い出したのは、『幼稚園で』肝心なこと?基礎?を覚える・・・だったか、とにかく言わんとすることがこんなようなタイトルの本。
「必要なことは幼稚園にある」だったかなぁ。

思い出せないが、確かにそうかもしれないと思った。
幼稚園でもそうだが、それぐらいの年齢のときに

・人のものは取ってはいけません。泥棒です。とか、
・人にやさしくしましょう。思いやりです。とか、

しごく基本的でしかしとても大切なことを教えられる。

例えばこの「人のものを取ってはいけません」は、ここ地球で通用する話だ。
もし次元が高く、より成熟であれば、すべてはシェアしている。
つまり独占欲、所有欲がない。
これは5次元ぐらいからの成熟さだと思うが・・・。

じゃあこれがより霊的真実なら、その真実に沿い生きよう!
・・・と思っても、それは無理な話。

なぜか

それはそれを実行しそれが当たり前になるほどの成熟さを持っていないからだ。

その5次元ほどの成熟さ、つまり成熟した愛が養われてもいないのに、できるわけがない。
明らかに飛び級をしようとしている。

その成熟さ、愛に至るプロセスいっさいを無視していることになる。
幼稚園の基礎も根付いていないのに

無視した上に実行した場合、どうなるか。

ぐちゃぐちゃだ。

以前に日記で取り上げた高次の言葉、子供に核爆弾のスイッチを持たせるようなもの

例えば3次元を幼稚園とし、4次元を小学生とし、5次元を中学生、6次元を高校生にしたならば、
幼稚園生がいきなり中学生、高校生のように振舞うということだ。
しかしその中身・成熟さは幼稚園生のままで。

違う例えをすれば、幼稚園の3次元からいきなり5次元以上の世界に住む・・・ということだ。

あり得ない。そして許されないだろう。住む許可は下りない。
これは超シャンバラの本にある5次元の者たちも言っていた。
許可しない、と。


親愛なる者たちよ、私たちが向かうところには、愛だけがあるでしょう。
いかなる種類の恐れや否定性にも入り込む余地はありません。
もし、いまだに恐れや否定性の入った荷物を持っていたら、5次元のポータルの入り口であなた方はどうなるでしょうか?

恐れや他の否定的パターンの波動は、単に5次元に入ることは認められないのです。
ただ、それらを手離さないことで、もう1度生まれ変わるために3次元に留まることを選びますか?
 

関連日記⇒地球と共に進化しないことを自ら選択した者たち

なぜ許可が下りないかを考えれば、先に書いた「ぐちゃぐちゃだ」の理由が分かるだろう。

しかしスピな人に、ここの部分、この飛び級してはいけない理由を明示することなく・・・、次元の高い成熟さを知らせる人や書いて本にする人がいる。
とても危険だなと感じる。

さらにそれをいきなり実行しようとする人もいる。成熟さなしに。



今回(1月)のカレッジの高次たちからの問題提起、そのある人物の行動には、この事柄も含まれていた。


明確に分かりやすいのは、その人物が内在している闇とインチャの動き。
そして今回、高次たちが明らかに危惧したのはその闇の『質』だった。

それを高次たちは
「よこしまな」
「邪悪」
「したたか」
とか分かりやすく表現した質のものだ。



成熟さなしに行った1つで、とても分かりやすかった具現がハグ。

しかも海外のように挨拶の軽いハグではなく、まるでダルシャンハグをまねたかのようなハグの仕方。

海外で一般的にみられる挨拶のハグは大抵、同姓同士で行われ、異性には握手ぐらいだろう。
その挨拶も軽く、ギュっと抱きしめあい続けるというものではない。

なんにしろ、この日本では習慣のないものであり、そういう挨拶の点でそういうハグが当たり前の土壌ができていない。

日本人にとってそういう身体の直接的な習慣がないため、土壌がないため
異性同士が頻繁にその行為をし
しかも愛に満たされず欲求している心が内在している場合
しかも軽いハグではなくギュっと抱きしめるハグをし続けた場合

簡単に互いに、もしくは相手を異性として意識(恋愛感情浮上)し始めるだろう。
それも限られた人数内で頻繁に行い続ければなおさらだ。



今回カレッジ内の問題提起に含まれているものの1つでその人が取った行動に、
成熟さなしにハグを用い、おかしなハグの仕方を異性に限ってする
そのおかしなハグ行為の背後には、高次たちが危惧する闇の質が土壌にあった

ハグは確かに愛だ。

しかしその用い方ひとつで、セクシャリティのいやらしさが露骨に浮上する。

露骨になるほどのものをその者は内在し、ハグは愛なのだからと積極的に自発的に進んで率先し、用いる。

相手にパートナーがいようが、自分にパートナーがいようがおかまいなしだ。
相手や相手のパートナー、そして自分のパートナーへの配慮のかけらもない。

調和をどんどんかき乱し、無神経な利己的な行動が他者を不快にさせることも頭になく、霊性精神性をどんどん乱していく。

ハグの用い方が巧妙。巧み



ある男性が非常に落ち込んでいた。
そのときその者は、励ます声をかけていた。長い時間。
それをずっとハグをしながら、だ。
これを自分のパートナーの前で本当にできるのだろうか?

もちろんパートナーは現場にはいない。
また、相手の男性の彼女なり奥さんがいたと過程して、果たしてそれを自分の目の前でされ続けるならどうだろう?


ゆえに高次からの、その闇の質に対し、指摘が入った
実際現場で起こっていたのはハグだけではない。



男性から褒められれば受け入れるが、女性に褒められれば拒絶する。

変容の際、男性に援助の手を差し伸べられればすぐに受け入れ手を繋ぎ、
女性が同じように援助の手を差し伸べても受け入れない。

果たしてこれら続々と続くこれら行為を、自分のパートナーが目の前にいても、同じように行動できるのだろうか



龍自身、最近の日記でこう書いている。

マリアのエネルギーを受けるときの注意・マナーとして

そしてもうひとつは、必ずハンカチを用意してもらいたい。
特に男性はこのことに注意を払って欲しい。
役割を持つとはいえ、蓮も女性であり、パートナーとして俺がいるのだ。


と。



次元の高い、意識の高い成熟さというものは、

基礎ができあがっていて、さらにその上に成熟さを積み重ねていって身になっていくものだ。



高次たち、特にサナンダが危惧したのは、『神聖さ』だった。
カレッジ内を神聖に保つこと



人々が安心して安全に愛を育めるような場を保つこと。

自分が愛に欠如しているからといって、無意識だからと 平気で配慮を欠くような闇(機能不全・エゴ)を周囲に撒き散らし、

その闇が存在しているところで、

安心して愛が育めるだろうか。
霊的精神的に安全なのだろうか。


そういう場に伴侶や恋人を連れて、共に学ぼうと思うだろうか。
そういう場に安心して、伴侶や恋人、あるいは子供たちを学びに送り出すことができるだろうか。
今回、高次たちが指摘した質の闇を持つ人と親しく交流できるだろうか。



利己的・自己中心的な動きが、調和や安全を乱す
さらにそれが性的な問題であるならばどうだろう



無意識だから、気づかなかったから・・・が、配慮やマナーを無視する理由となるのだろうか。
それが他者に不快さを与えてしまうことを行っていい理由になるのだろうか。


もちろん機能不全の問題は大きい。

自己愛の欠如により、他者に愛を求めようとするその不全。

自分に伴侶があっても、その伴侶から見えないところで行動する。

相手にパートナーがいても、おかまいなし。



学んでいこう。
この幼稚園で、しっかり身につけていこう。
基礎がないのに、さらなる次元へのステップアップは望めない

次元が高ければ高いほど、より成熟な世界ほど、

安全で安心で、平和や平安、調和や神聖さが・・・、そこにはあるのだ




基礎もなしに、入れない。
入ればかき乱すだけだ。
成熟の違いが、エゴを露骨に浮上さす。

誰1人、間違いなく、自分の成熟にふさわしい場、状況、環境にしか住めないのだ。



高次たちは、闇(エゴ)は誰でももっていると言う。

が、しかし、これらの今回問題になった闇を誰もが持っているとは限らない・・・と言った。


その質の闇に関しては、
神聖さ・霊性・精神性・人格に至るまでをより崩壊させやすい質の闇
として、厳しく注意を払うとみんなに伝えてきた。

その闇がセクシャリティに深く関連し巧みで利己的なだけに、霊性をパワーに用いたときの危険性を、サナンダははっきりと危惧していることを伝えてきた。

性エネルギーがパワー(闇)で用いられた場合、大変なことになる。

そして今回、サナンダも含め高次たちが率先して行ったのは、

今回問題を起こした者がオープンハートであるうちに愛に変換するよう、愛に傾くよう数ヶ月もかけて霊的に援助の手を差し伸べてきたことだ。

高次たちはこう言った。

その者自身が愛に目を向けること、愛を育むこと、それが一番の近道だからです・・・と。



その後、その者は益々巧みさを増していった。
それについても高次たちから直接メッセが入る。

そしてついに、高次からのGOがかかるまでカレッジから離れよ・・・というメッセが入る。

厳しい対応の中には高次たちの愛が溢れていた


彼女には、彼女の学びがあります。

これらメッセージを本当に感謝し、愛を持って、見れるならば。



そのこと、高次たち全員が願ってます。



全てには意味がある。
そこには、愛もある。
そのことに、彼女は気付く必要がある。



真の意味で。



離れる時間、それにも大切な、大切な意味があります。
十分活かすように。



どんな状況にいようが、どんな状態にいようが、誰一人愛されていないものはいない。
全ては愛です。



その気付きガ、彼女には必要。



離れている間、素敵な時間を、愛を持って、過ごされるように。





わたしは今回の学びで、改めて再認識したその闇の質がある。

それは、


人を崩壊させるには

何も剣じゃなくてもよい。

もっと簡単なものがある。

それはなにか。

『嫉妬』の毒をもることだよ。





・・・ということ。

*嫉妬の毒をもる・・・嫉妬心を浮上させるような事柄を投じる。

今回のサナンダが危惧した闇の『質』がこのこと。
これがセクシャリティやパワーだけでなく、そのほかのレベルに波及されていった。

嫉妬は何もセクシャリティの嫉妬だけじゃない。
嫉妬は深い。
競争もしかり、優劣もしかり、比較も奪おうとすることも、他にもいっぱい含まれると思う。

神聖さから程遠い闇ほど巧み。



これらが落ち着き出した頃、また違う場所で同じ闇の質を投じていた者がいたことを知る。
その者も自己愛の欠如からだった。

が、しかし、彼女はカレッジから離れよ・・・とは言われなかった。

それはなぜか。

素直さがあったからだ。
認める。
降伏


すぐに自分の闇を認め、愛に降伏し、それ以上悪化させることもなく、気づきと同時にその行為をストップさせた。



一方は、離れよ・・・と言われた。

それは、なぜか。

素直に認め、降伏するどころか、

さらに巧みさを増していったからだ。



過ぎ去り、今回の闇を振り返ると面白い共通項があることに気づいた。


・コントロール
・巧み
・偽善
・事実、真実を公にしない

・隠れたところで行為を行う
 パートナーから見えない所、視界に入らない所で行為を行う
 たとえ同じ空間の家であっても視界に入らない場所で行為が発生する。
・異性に対してだけ心をオープンにする

・文字や言葉などの表現においての本質のすり替え
 本質、問題が違う焦点へと促され、事自身を見えなくしてしまう。

・憎しみ
・ジェラシー

・セクシャリティ
・自分自身や自分のパートナー以外の、異性で、満たされようと自発的に積極的に接触していく。
 触れる必要もないコミュニケーションで、わざわざ異性に触れる。

・カムフラージュ
 わたしは自分自身と、あるいはパートナーと愛育んでいるというアプローチを、必ず事を起こしたあとに積極的にオープンにする。




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posted by dozen/Ren at 17:51| 0702 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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