2007年02月22日

第5チャクラ〜聖なる真理〜

0220:2007
vol.2
The fifth cakra 〜sacred truth〜.
photo : dozen/Ryu
processing : dozen/Ren

561b.ren.jpg


5と男性性
この↑日記のつづき。
さらに『7つのチャクラ』本から、「5」を知ろうと思った。


第5チャクラは、選択とその結果を司る中心であり、霊的なカルマの中心だ。



私たちのあらゆる選択、あらゆる思いや気持ちは
力をもつ行為であり、生物学的にも社会的にも、個人的にも、そして環境的にも、地球全体に対しても影響力をもつ

自分がどこに思いをはせようと自分も着いて行くのであり、このために個人としての責任には、自分の気の影響力も含まれるのである。

もしも自分の行動がもたらす気的な結果を見られるとしたら、わたしたちはいったいどんな選択をするだろうか?



このときに必要な先見の明に対しては、
個人の意志を捨て、神なるものの意志に従うべし」
という聖なる真理を守ることによってのみ、近づくことができる



第5チャクラにある霊的な学びは、
神なる存在の権威に信頼を寄せた人の意志による行動が、いちばん良い結果を創り出す、ということを教えてくれる





もう、まさにまさにまさにまさに!!!
わたしの男性性の学びは、これだ。
これを言わんとされ続けている。





高次のレベルの導きを受け入れることによっても、人間の思考や物の見方は良い方向に向かう



臨死体験をしたある女性は、自分の下す決定を、すべて生命全体に気の影響をもたらすものとして見るようになったと言う。

臨死体験で彼女は、しばらくの間、物質的生命と非物質的生命の中間の状態に置かれていた。

そのとき彼女は、自分の人生で下した決定をすべて見直し、あらゆる選択が、自分自身、他の人間、そして生命全体にもたらした結果を目の当たりにした

いつどんなときも、高次の導きが彼女の意識の中へ入ろうとしていたことも見せられた。

一着のドレスであろうと職業であろうと、どんな選択でも、神なる存在が無視できるほど取るに足りない、というものはなかった

仮にドレスを買ったのであれば、その「売買」が気の面でもたらす直接的な結果を、彼女は見せられた。

その製作から流通に至るまでの過程に関わった人々まで、すべてについてだ。

いま彼女は、どんな小さなことでも、何か決めるときには、高次の導きを求めることにしているという。



行動だけでなく、思考や信念がもたらす気的な影響を理解すると、私たちは以前にも増して正直であれ、と迫られていることもあるだろう。

自分にも他人に対しても嘘をつくことは論外となる。
真の癒し、完全な癒しは、自分に正直になることを要求する


正直さと許しの気持ちをもつことは、私たちの気−私たちの霊−を、過去の気の次元から自分のもとへと呼び戻してくれる



第5チャクラそしてそこにある学びは、人間の力とは私たちの思考やものの見方にある、ことを教えてくれるのだ。



>どんな小さなことでも、何か決めるときには、高次(本来の自己、スピリット含)の導きに沿う。
>行動だけでなく、思考や信念がもたらす気的な(エネルギーの)影響。

>自分にも他人に対しても嘘をつくことは論外。
>真の癒し、完全な癒しは、自分に正直になることを要求する。

>第5チャクラにある学びは、人間の力とは私たちの思考やものの見方にある。




これら大切な箇所を抜粋して、すぐに感じたのは神聖さ、だった。

スピリットに従う(沿う=自分をゆだねる)ことが、いかに神聖さと密着しているかを、改めて感じた。

臨死体験をした女性は、自分の体験から、どんな些細な行動ですら高次に従うというその姿勢。
それほどの物事、つまり真のエネルギーの仕組みをありありと体験し、痛感したからこそだと思う。



いつどんなときも、高次の導きが彼女の意識の中へ入ろうとしていた



これが自分の日常とラップした
頻繁に入る高次たちや自分のスピリットからのアクセス。
また、アンディウスがアクセスで言った「生きているすべてがアクセス」だということ。

これほどリアルにアクセスされているのにも関わらず、それらメッセージに従えているのか(沿えているのか)・・・と、自分を顧み悲しくなる。

この究極の気持ちが、今 日記を書いている顕在のわたしではない聖なる子供であるわたしが泣いたものだった。
関連日記⇒いっぱい泣いた。

カレッジだけでなく、カレッジ生個人に対しても高次たちはアクセスを常に届けている。イニシエーションで起こることも言われることも然りだ



もう1度、高次たちからの神聖さへのアクセスなど、自分の書いた神聖さについての日記を読み直そうと感じた。
どこまでそれらメッセージをおざなりに扱うのか。

まさにそれは、沿うことに反する行為を選択しているも、同じだった。
スピリットへの帰還とは、反対の行為だ。

反する…と表現すれば人的には大げさに聞こえるかもしれない。
しかし霊的に実際には、これほどのことだとわたしは感じた。
それほどのものを、いつしか人間は大げさと捉えるほど利己的自由意志を強めてしまったのだろうと。


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posted by dozen/Ren at 17:25| 0702 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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