2005年06月08日

ふらふらといざなわれる

ある17の夏。
わたしは仕事中毒に陥っていた。

Invited unsteadily.
photo : dozen/Ren

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働くのが大好きで楽しくもあった。
が、24時間働いているにも近かった。
 


19になっても同じ。働き三昧。
その歳にしてはとんでもなく稼いでいたと思う。
月給55万。
17から関わっているある事業のマネージメントをしていた。
その事業が成功へと向かい、注目を集めた。

他者からの引き抜きも起こった時期で、そのわたしへの評価が新聞にも載ったことがある。
もちろんわたしが10代だとは誰も知らない。
隠していたからだ。

その記事を持って父が現れる。
「声がかかっても行くんじゃないぞ!!」
そう、事業主は父だった。

この後、わたしは父と仕事をしたことを後悔する。



それまでは両親とは別に仕事をしていた。
16で店を任される話も出ていた頃。
その企業は、大阪や京都などいくつも店舗を構えるファッション業界だった。

この頃も、もうすでに仕事中毒だったのかもしれない。
父から新しい事業の拡大があるから、起こすのを手伝ってほしいと言われたのをきっかけに離れることにした。
それが17のとき。

その新しい事業は成功へと向かった。
次から次へと拡大が進む。その中で、わたしはやがて父と仕事をしたことを後悔する。

父はこの事業の在り方、内部を何も把握していなかった。
その時代ではまだ先端を行く事業で、父はいち早くそれを見出し、ただただ儲かるだろうと、それだけで始めた。

実際に、儲かった。
しかし、その肝心なオーナー(父)は何も事業内容、その仕事の仕組みを分かっていず、内部においてはすべてわたしに任せた。

父というオーナーが見るのは数字だけだった。
売り上げ。
それ以外すべてをわたしに任せた。
そう、まさにすべて。

給与計算から各管轄人員のスケジュールに、面接に教育に、悪質な客(ヤクザ)の対処、仕入れからもうそれは何もかも。
管轄は拡大していく。
要は事業への資金とルートだけを提供し、事業という膨大な作業すべてをわたしに任せた。

それに関係する密接にある機械ひとつ父は動かすことも直すこともできず、事業商品の把握すらしない。というよりできない。
扱う事業それじたい、父には興味がなく、儲かるというそれそのものに魅了されていただけだった。

こんなワンマンな主と手を組んだことをわたしは嫌というほど後悔した。

同じ事業社たちの集いにも出席し、そこで前に出るのはわたしだった。
集まる社長たちや代理たちとの内容が、わたしを成長させた。

それは仕事としての学びではなく、人として、精神性としての学びとなった。
社会の理不尽な現実、企業内部の現実、人としての機能不全な関係性、権威の悪用・乱用、社長たちの悪質なワンマンさ、男性社会での女性への偏見など。

そして、社会で事業を行う社長としての父の、人として自身もそれに等しかった。

呆れることができたならよかった。
わたしは呆れるどころか、怒りでハラワタが煮えたぎっていた。

わたしがマネージメントを受け持つ管轄は、見事にすべて男性ばかりで、すべて年上。
そこでもわたしは年齢を隠していた。

そこでも学んだ。精神性を。
醜いエゴのオンパレード。
しかし、愛をもって働く人たちにも出逢った。

その中に、今では音楽業界で活躍している『田中知之』がいる。
当時、彼は大学生。
今でも彼の優しさや大らかさ、ユーモア、独特のファッションを覚えている。
その頃も彼の肉体は大らかだった。笑

Thirst 2005 Guest DJ
DJ Club INTERUIEW



なんで父となんか手を組んだんだ。
なんでわたしはこんなにも働いているんだ。

働き三昧でお金を使う機会もない。貯まっていくばかり。
機会があればいい食事ができる。
いい服に、いい暮らし(物理的に)、お金に困ることなく物を買える。

しかしわたしは悟った。

お金が心を満たさないことを。
わたしはこの頃、身をもって体験した。

物質的なものが、真の意味で人を満たすことはないという真実。
物質的な欲求には、キリがないという真実。

いいことと言えば、お金のありがたさという事実を知った。
が、わたしが求めているものは、そういうものではなかった。



いったいこの物理的世界も、社会も、このわたしも何をやっているんだ!?

せっかくのお金があっても時間がない。
楽しむ余裕もない。
常に仕事に縛られ、やがて携帯にも縛られていく。
とにかく事業から離れられない立場に置かれていた。

わたしは2度と自分で事業を起こさないと誓った。
商売というものは2度としたくない。
するならオーナー的在り方だ。
(父のようなオーナーにはなりたくないが。)

おかげでたっぷりいいも悪いも学んだ。
仕事人として。人として。



わたしは自分を見失いかけていた。
自分自身にも腹が立っていた。
コントロールされ、そのコントロールされることを許している自分にも。

自分のエゴ。
(当時はこのエゴという言葉すら知らなかった。機能不全も然りだが。)
自分の弱さ。至らなさ。
それは仕事に対してでもあり、人としてでもある。



ある日、日はもう落ちた時間。
沈んだ心を紛らわそうと、1人仕事を抜け出しふらふらと、歩いていた。
その通りにあったとても古臭い本屋に惹かれて入ってみることにした。

2Fへと続く壊れそうな階段を上がると、目の前に宗教に関連する書物がズラッと並んでいた。
左側が聖書系、右側が仏教系。

なぜかわたしは左側に惹かれ、ある1冊の聖書を手に持ち、気づけばレジを済ませていた。



その日からわたしは毎晩、聖書を適当に開き、そこに現れる文章を読んでいた。

なぜか心が癒される。
何か大切な、忘れたものが蘇ってくるかのように感じていた。



やがてまたこの聖書を開くことさえ忘れていく。

仕事は忙しいまま。
その忙しさをぬうかのように慌しく結婚し、慣れない家事とに毎日パニックになりそうだった。

結婚し半年後に妊娠、21まで父と仕事をし、出産を機にその仕事を辞め、ときどき働きながら子育てをしていた。



21のある日、あるクリスチャンと出逢った。
聖書にある意味を、簡単に書かれた小冊子をくれた。

その内容のある事柄に釘付けになった。
それは、『1000年期』『地上の楽園』というもの。

これだ!!
まさにこれだ!!

ずっとわたしの中にあって思い出せなかったもの。
蘇ろうとしていたもの。
それが、まさにこれだった。

そうしてわたしは、今までで最短だと長老に言われたほど、あっと言う間にバプテスマ(洗礼)を受けた。
洗礼と言っても、単に頭を聖水で濡らすようなものではなく、身体ごと水の中に自分を投じる。

まさに身をもって自らを神に明け渡すという、洗礼者ヨハネがイエスに行ったものだ。

それに至るには、長老からの100の質疑に答えなければならない。
答えるのに資料や本を用意してはならない。
自分自身の内から答えなければならないのだ。

その儀式かのようなものをパスし、そうしてわたしは姉妹(シスター)と呼ばれるようになった。


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posted by dozen/Ren at 13:46| 0500 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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