2005年06月08日

霊能者

脱退後、思いっきりビジネスに投じだしたおかげで、わたしの仕事は順調で、よく仕事仲間たちが我家に訪れていた。

Medium
photo : dozen/Ren

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自宅を仕事場にもしていたので、毎日 人がいない日はない。
仕事仲間や、仲間がいろんな人たちを連れて遊びに来る。

 


ビジネスというものには、その当時はこんな言葉は知らなかったが精神世界に通じる世界がある。
ビジネスでもあり、精神世界でもあり、そしてこれも当時まだ知らなかったがスピリチュアルでもある。

今なら言えるがそのビジネスにあるスピリチュアルというのは、今わたしが感じているものの、ほんの一部でしかしかない。
わたしが今 感じる真のスピリチュアルはビジネスにはない。

スピリチュアルのほんの一部、ある真実の段階が、ビジネスにあると言える。

わたしが当時、携わっていたビジネスにはその精神世界、スピリチュアルの部分がふんだんに浸透していて(わたしにはそう感じた)、だからこそ惹かれたのかもしれないが。

ゆえに仲間の中で、あの聖なる予言が流通していても全然おかしくはなかったのだ。



あるとき、仲間が連れてきた友人が霊能力者を探しているという。
わたしは初めてそんなことを耳にしたので、というより、そんな人がいるのか?というほど世間を知らなかった。

テレビは10代の頃からまったく見ていないし、新聞も読まない。
本も読まなかった。(クリスチャンが提供している文書以外は。)

荒れ狂った学生時代に家に閉じこもることはなく、あまりのやんちゃぶりに親に高校を辞めさせられた以降は仕事三昧に陥り、その後はクリスチャンに子育て。

そんな海外じみた(聖書関連の文書から海外のそういう記事を幾つか見たことがある)存在がいるのかと驚いた。

ゆえに興味が惹かれるも、また恐くもあった。
わたしには悪魔のように感じるのだ。笑
悪霊にでも憑りつかれているのではないか?と。



そして翌日、仲間たちに聞くとご用達の霊能者がいるとのこと。
今で言えば、ライトワーカーのことだ。

よくよく知っていくと、ビジネス界には、特にリーダーとしての先駆者たちには必ずご用達のそういうサイキックな人がいて、何かあると通っているのだそうだ。

特に年収ウンゼン万や億となるリーダーとなると親しく接しているらしく、向こうから家に訪れてくることもあるという。

自分が携わるビジネスのある側面を知った。
そこまでは知らなかったがよくよく考えてみると、世の中、うちの父もそうだが、何かしら神仏とそうやって関わっている。

父の場合は何かあると、わたしに触れようとする。
あの事業が起こせるほど資本を持つきっかけとなったのが、実はわたしだったからだ。

その後も、ある仕事について相談に来た父の話で、わたしはある感じたことを話した。
そしてそれが、経営が火の車になるということも。

父は家に帰り、言われたことで火の車と変わってしまう事実を突き止め、すべて資金を動かし直した。
のちに父は、あの助言がなかったら本当に火の車になるところだったと話している。

他には、ある企業に資本金のサポートをしたいが、実際にその企業に出向いて感じることを教えてほしいと言ってきた。
結果は、辞めたほうがいいと。

その結果通り、約1年も経たないうちに新聞にその企業が叩かれているのが発覚した。
大金を無駄にせずに済んだと、あとで感謝された。

他にも小さいことはたくさんあった。



その仲間の友人とも親しくなり、直接、彼女に連絡を入れ、
「あなたが求めているような人がいるよ。」
と、連絡先と共に伝えた。

数日して彼女から連絡が入る。
「行く日が決まったの。」
「そうなんだ。良かったね予約が取れて。」
「でね。1人で行くのもなんだし、蓮ちゃんに付いて来てほしいんだ。」

「やだ。」
「なんで?」
「恐いもん。」
「わたしだって何言われるのか恐いよ。ワクワクもしてるけどね。」

「じゃ、1人で行けばいいじゃん。」
「ねぇ。お願いだからついてきて。なんで恐いの?」

その理由はとても伝えづらいものだった。
クリスチャンの経験がゆえの恐さだから、その経緯を持たない人にこんな心情は分からないだろう。

そう感じている自分にハタと思った。
脱退しても、こんなにも自分にクリスチャンとしての色が浸透していることに。
この先も、わたしはこの色が消えるまで数年かかる。

彼女に押しに押され、とうとうわたしは渋々付いて行くことになった。

翌々週のある日、わたしはその友人と大阪まで向かった。
石切という所にあるマンション。
そこが自宅でもありその仕事場でもあるそうだ。

辺ぴな駅を降り、しばらく歩くと近くに神社仏閣があるのか、今思い出せば、きつねが祭られているような独特の雰囲気が通り一帯に現れ始めた。

歩いていくと手相だの占いだのの小屋が、路上のあちらこちらに現れだす。
不気味だ。

ここでまず、やっぱり付いてきたのは間違いだったんじゃないかと思いだす。
クリスチャン的には、占い類はアウトなのだ。
ビジネスの仲間たちは、なぜにこんな所まで通ってきているのかいぶかしげに感じ出した。

地図を見るとまだまだ先の模様。

さらに歩いていくと急に田舎町のような風景に入りだした。
古い昔ながらの家、田んぼ、その狭間に寺があり墓地が見える。
そこをさらにまだ先に進むと、ごくありがちな町並みが見え始めた。

ちらほらとマンションがある。
その一つが目的地だった。



ピンポンを押すと、男性が現れた。
「どうぞ、中で待ってください。先生はセッション中ですので。」

セッション?
なんじゃそれ。と内心つぶやく。

中に入ると数人の人たちがいる。
事務を処理している人、何か万華鏡のような物を作っている人、お茶を出してくれた女性もいる。

何かの宗教?
微妙だなぁ。
宗教とは聞いていなかったし。

時間待ちの間、ソファの後ろにあたる開けっぴろげにされた和室にいる女性たちに声をかけた。
「それ、何を作っているんですか?」
「あ、これ?万華鏡の簡単バージョン。セッションじゃないけど、う〜ん、まぁ自分を知ることに使うのよ。」

ますますわたしはクエッションだった。
が、しかしそれ以上、知りたい、いや、関わりあいたくないというのが正解で、さらに聞こうとは思わなかった。

すると彼女たちは作り終えたのか、それらを片付け部屋に布団を広げ丸め出した。

今度は何を作ろうとしているのか。
思わずまた聞いてしまった。

「あ、これ?これはね、産道の代わり。」
「はぁ???」

「トラウマよ。1時間後に来る女性の準備。トラウマを解き放つ一貫に使うの。」
なんなんだ、トラウマって。…と、内心つぶやく。

「実際に在ったトラウマを実際に再現して、癒していく方法のひとつに、今回はこれを使うのよ。」

もうまったくもってクエッションだ。
今度こそもう聞いたりなんかしないでおこうと思った。
わけがわからなくなるばかりだ。



友人が呼ばれ部屋に入って40分程経ったとき、部屋からその先生とやらという女性が出てきた。
30代後半か、40代前半の、小柄な若い感じの女性だった。

するといきなりわたしを見て彼女はこう言い放った!

「あなた何してたの!」
「へっ!!」

恐がっている間も与えられず、次にこう彼女は言った!

「遅いじゃない!!」
「い、いえ、わたしは見てもらいに来た人じゃないですから。」

なっ、なんなんだこの人、いきなり…。

「わたしが言ってるのはね!あなたもわたしと同じなのよ!本当はもっと早く仕事に取り掛かるはずだったの!だから言ったのよ、遅いじゃない!って。」

なっ、何を言ってるんだ!?
いきなり頭、真っ白だ…。
やっぱり憑りつかれてるんじゃないのぉぉぉ???

「早く始めなさい。ただでさえ遅れたんだから。明日にでもはじめなさい。」

わたしは頭が呆然とした。
「何を始める…の…」

もう頭が思考が回らない。

「何を始めるのって。あなた全然、自分を分かってないのね。観えること感じることを話しなさい。自分の霊的能力を使いなさい!宝の持ち腐れだわ。」

????????

「あなたにはね、あなたの大切な仕事があるの!」



この日、部屋から出てきた友人の話しが耳に入らなかったのは言うまでもない。
どうやって家まで帰ってきたかもおぼつかないほど、打ちひしがれていた。

いったい自分に何が起きているというのだろう。
いったいあの人は何なのだろう。

脱退したから、魔に襲われているのだろうか。
わたしはおかしくなったのだろうか。

そんな想いの中、それに相反するように感じる高揚感は何なんだろう。
どこか解放されたような、この先にあるものにウキウキしている自分もいる。

そんな自分は危ないとも思っている自分もいる。
反している、と。
いったい何に反しているかも分からず、とにかく反していると。
そう、それはクリスチャンなら反している…と思っているのだ。

とにかく明日、仲間や親友も遊びに来る。
みんなに相談してみよう。


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posted by dozen/Ren at 21:44| 0500 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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