2007年04月04日

真の自己実現

0404:2007
vol.2
True self-realization.
photo : dozen/Ren

620b.ren.jpg

ハチドリのひとしずく
この日記↑を書き終えたあと、
ふと目に留まった本がこれだった。
 


目に留まっていたのはこの時が最初ではなかった。

この本はPCを打つテーブルに立てかけて置いてあり、このシリーズの他の2冊や、幾つもの本が並んで立てかけてある。

ちょうどそれら本の前に、わたしは2リットルボトルの水を縦向きに置いていた。
するとそのボトルが虫めがねかのように、ある1冊の本だけを拡大していて、それがやけに気になっていたのだ。

これは、何かこの本にエッセンスがある…という印なのだろうとは感じたが、なぜかあとで手にとるほうがいい…と感じた。
それが今日の夕方だった。



そして、日記を書き終えたあと、わざと視線がその本に向かったことに気づいた。
今が手に取る時なんだな、と思いながらパッと開いてみる。

開いたそこにあったのは、『霊性』という章。
読んでみると、そこには大切なエッセンスがあった。
ハチドリの光の粒と関連する大切なエッセンスが…。




質問:
人類はいまだ知性を十分に顕現していない、と考える人たちもいるのではないでしょうか。

答:

知性に欠けているのではなく、霊的な意志が不足しているのです。
私たちは偉大なる理想を持っています。
しかし、理想を持つだけで十分であると考えがちです。

つまり、理想それ自体が作動するのだと考える傾向があるのです。
私たちはそれを実行しなければなりません。



質問:
ということは、知性の応用について述べておられるのですか、単なる知性ではなくて…。

答:

知性は応用されなければなりません。
実際的な霊性とは、そのことです。

過去2000年間、私たちは数多くの理想を手に入れました。
例えば、同胞愛、人間は神の子であるという知識、地上における平和の願い、すべての人に対する善意、といったような理想です。

しかし実際に、人々は非常に堕落しています。
これは霊性についての観念だけを持っているからです。

このことの責任の大部分は宗教家のグループにあります。
彼らの仕事は教えることと病を癒すことでした。
彼らの教え方は非常に下手だったと思います。

事実、癒しは全く行われていませんでした。

本来の霊性に戻ることを阻害した。自己の中の神、神との繋がりではなく外に神は在るという彼らの霊性が阻害した。自らを癒せるという真実を隠し、他者や外(分離)に在る神が癒すという真実を行ったため、癒しは行われなかったと言わんとしている。

このことが人類をその本性から切り離してしまったのです。



質問:
ある場合には、分離をさせているのだと言えませんか。

答:

全くその通りです。
人類を分裂させているのです。
これは私たちを自分自身の霊的本性から分離しているのです。

アリス・ベイリーを通して世界に教えを与えたジュワル・クールは、悪の勢力、つまり物質性のパワーの大きな勝利の1つに、霊性というアイディアを宗教団体が独占したという事実がある、と断言しています。

つまり、宗教は自動的に霊的であり(それが事実かどうか別として)、他のものはすべて好き勝手に堕落できるというわけです。
ビジネスも、政治も、経済機構も堕落しています。

しかし、宗教は堕落を免れており、これが「霊的」であると見なされました

私たちは、霊的という言葉は、すべての人々のための、大部分の人々のための積極的な改善を意味するものだと理解しなければなりません。

霊的という言葉は、人々を人生のより高位の状態に引き上げる何かを意味するものです。
それが物質的、情緒的、メンタル的、霊的あるいは魂の世界であっても同じことです。

人類を向上させるものは何でも基本的には霊的であると言えるのです。
それは宗教に限ったことではありません
宗教は、1つの手段にすぎません。

私たちは意図において基本的には霊的である政治的、経済的、社会的構造をつくりださなければなりません



質問:
あらゆる宗教の本質は、正しく生きることを教えることであって、特定の人物を神に祭り上げるのではない、とおっしゃるのですね。

答:

全くそのとおりです。
師(高次含)の単純な教えはいつもそうでした。

どの師もやってきては小さなグループに教えを説いた後、見かけの上では私たちの惑星から去っていきました。

彼らは天に押し上げられ、あるいは涅槃(ねはん)に入り、遠ざけられ、人類から分離され、その結果、司祭によるコントロールだけが残りました。

司祭たちは、大抵の場合、権力保持のために教えを解釈しました(あるいは誤った解釈をしました)。
彼らは解説者であり、人と神の連結者でした。

人間はこのような連結を必要としません

人は自分の内に神を持っているのです。

彼らは、神は「上方に」いる、神が聴いているから言葉と行いに気をつけなければならない、と常に教えてきました。

ところが本当は、内なる神が実際に重要な神なのです。
それは進化の旅路に私たちを連れて行きます

そして、私たちはその真の特質を行動において証明しなければなりません。

その特質とは、利他主義、愛、寛容、思いやりなどです。



質問:
マイトレーヤは、霊性の育成について何と言っていますか。
どのようにして私たちはそれを向上させるのでしょうか。

答:

マイトレーヤは、3つのことを開拓するように言っています。
心(マインド)の正直さ、生気(スピリット)の誠実さ、そして無頓着です。

これらは簡単なように聞こえますが、非常に難しいです。

そうでなければ、私たちは皆、もちろん、そのようにしているでしょう

私たちは皆、あることを考えていながら別のことを言い、さらに別のことを行っています。
私たちはほとんど心に正直ではありません

私たちは心の正直を育成し、実践しなければなりません

そうすることによって、無頓着になることができます。
無頓着を実践しなさい
そうすれば、心に正直になることができます

それはまた、生気の誠実さも必要とします。

ほとんど、私たちはあるがままの自然な自分ではなく、絶えず人を真似ようとしています。

人々に自分を良く見せたい、立派な人間、善良で、正直な人間だと思ってもらいたい。
自分が人に示そうと思っている理想とするところのものであると考えて欲しいと思っています。

正直に、そして誠実に、自分自身である人間を見つけることは稀です。

そうすると心(ハート)から心(ハート)へと語りかける状態を生み出します。
それは直接的です。

このようにして、その人の霊性が他の人に伝わり、人はそれに感応します。

確立すべきことは心(ハート)と心(ハート)の関係です。

その時、あなたはあるがままのあなたです。
それはあなた自身のアイデンティティーを誠実に完全に感知し、表現するようなものです。

これが無頓着を生じさせます

これら3つは一緒に働きます。
無頓着が正直さと誠実さを生み出し、それがより一層、無頓着にします。


マイトレーヤは、「真我のみが大切である」(真我とは神聖な様相、主(スピリット)を意味します。)
「あなたはその真我であり、不滅の霊存在である」と言います。

そして、私たちの苦痛や苦悩、様々な問題は、私たちが真我ではないあらゆるものと自分を同一認している、という事実のためであると彼は言います。

彼は、「私は誰か」と自分に問いなさいと言います。

もしそうするならば、あなたは自分が、肉体を真我として同一認していることに気づくでしょう。
それは真我ではありません


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質問:
では、どうするのですか。

答:

まず最初に、この肉体、つまりあなたが見ているその人、これは真我ではありません。

あなたは、一時の一生の間だけ持続し、転生のたびに新しくなる肉体の存在ではありません。
ですから、それは真我ではありません。

あなたはあなたの情緒、感覚−−ある日にはあることを感じ、別の日には別のことを感じる−−束の間のエネルギー感覚と同一認しています。
それらは真我ではありません。

もしくは、あなたはマインドの構造、あなたがキリスト教徒であれ、仏教徒もしくはヒンズー教徒であれ、あなたの信念やイデオロギー、そしてそれに伴うすべての伝統と同一認しています。

あなたがキリスト教徒であれ、イスラム教徒、ヒンズー教徒、もしくは無宗教であろうと、真我にとっては全く重要ではありません

重要なのは、あなたが自分自身を真我として感知すること、神と同等である真我と同一認することです。

自己実現とは神実現です


もしあなたが正しい同一認と無頓着を実践するならば、あなたは必然的に、自己実現へと導く真我認識に到達します。

マイトレーヤは、それがすべての人生の目標でもあると言います。

それは、信念でも、宗教でも、イデオロギーでもなく、すべての人々に益するものであり、実際、それは人生の目標なのです。





ここ地球では、自己実現というものを履き違えている
それとも忘れてしまっているのだろう。

真の自己実現とは、本来の自己(真我)、神聖さを取り戻すことを言う。


ラブスピースのハチドリたちは、いずれ自己実現していくだろう。
わたし自身がその途上に実際、いざなわれているのだから。

さらに厳密に言うならば、無意識だろうと自覚があろうと真の自己実現を望んでいるからこそ訪れ、居てる。

自分を愛すことほど神聖なことはないだろう。



本当の自分を取り戻していく覚醒イニシエーション
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posted by dozen/Ren at 23:12| 0704 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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