2007年05月12日

希望実現の方法

このところ夢中になって読んでいる本がある。
わたしにしては、大変めずらしいことだ。

0504:2007
A method of hope realization.
photo : dozen/Ren

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もちろん、この本を読むよう促してくれたのは本来のわたし。
今のこのわたしの学びにとっては、まさにピッタリの内容だった。
 


それがこの↓本。


これは5巻もので、1冊目はあっという間に読んでしまった。
そして2冊目↓の今、ちょうど読んでいるところが『希望実現の方法』の章。


そこへムミヤからやってきた情報が『The Secret』。
宇宙カタログ
まさに内容がシンクロしている。

特にこの本には『The Secret』で抜け落ちている大切な霊性について書かれている。
それを究極に言い表しているのが、
汝の悟れる程度に、汝の祈りは叶えられたり。」である。



この本は、1894年に極東を訪れた11人の調査団の1人が書いた。
3年半に渡る滞在中、ヒマラヤの大使に接触し得た内容の日々が書かれている。
*大使
 正式には、修行の結果その意識の進化が一定段階、正確には第5階位に達し、見えざる世界に常任する大霊によって敍位された者をいう。
自己内在の力や宇宙に滞在する力を駆使して様々の超常現象を発揮し得るが、必要やむを得ない時の他、濫り(みだり)にその神秘力を発揮することは絶対にない。
人類の進化を指揮することをその使命とする。




自分のためにこの章からの抜粋を残しておこうと思った。

朝食がすむと、その日はホステス(調査団の世話役をしてくれた聖者)と別のご婦人2人が、朝までわたしたちと同行する予定になっていることがわかった。

そのうち、村に病気の子供が1人いて、ホステスに来て頂きたがっていると告げる者がいて、わたしたちはその男について子供の家まで行って見たが、かなり重態だった。

ホステスが前に歩み出て、手を差し伸べた。
子供の母がホステスの腕の中に子供を置くと、その瞬間、子供の顔が明るく輝き、しばらく身体をすり寄せて丸くなり、2、3分もするともうぐっすり寝入ってしまった。

そこでホステスは子供を母親に返し、わたしたちは廟(びょう)に向かって行った。
道々、彼女は次のように話してくれた。

「この愛する人達が、わたくしたちを当てにしないで、自分達の力で病気治しが出来ればと思うんですよ。
そうすれば、それだけあの人達のためにもなるんです。

ところがそれが出来ないので、普段はわたくしたちとは没交渉でいるのに、イザという時だけわたくしたちを求めるんですね。

それではいつまでたっても自分自身の力に頼ることができないのですねぇ。
わたくしたちとしては、あの人達に自らを恃んで(たのんで。他者ではなく自分を当てにする。)欲しいと大変望んでいるのですが、この人達はあらゆる点でまだ子供みたいなんですよ。」



一番目の部屋に戻りながら、隊長が、
「望みというものは、それを言い現しさえすれば、すぐに満たせるものでしょうか。」と、訊ねた。

ホステスはそれに答えて、
正しい形をとって表現すれば叶えられるものです。」というのであった。

更に言葉を続けて、

「望みというものは祈りの一形式であって、何時も聞かれる祈りこそ真の祈りでなければなりません。従ってまた、科学でなければならない。科学的である以上、一定の法則に従うものでなければなりません。」

彼女の説き明かしは続く。

「その法則というのは、『汝の悟れる程度に、汝の祈りは叶えられたり』であり、また、『汝、何を望むとも、そを祈るに、すでに受けたりと知れ、然らばそを得ん』である。

もしわたしたちが何なりとも求めたものは、すでにわたしたちのものとなっていると積極的に知るならば、わたしたちは法則に従っていると知るがよい。

もしも望みが満たされれば、法則が満たされたのであると知るがよい。
もし満たされなければ、求めた側に誤りがあったと悟らなければならないのである。

あやまちは我々にあるのであって、神にあるのではないと知るべきです。」



従って結論は、
『汝、心をつくし、魂をつくし、力をつくして、主なる汝の神を愛すべし』となる。

ゆえに、心配、不安、不信をもってではなく、自分の必要なものはすでに自分のものとなっていると知り、歓び、晴れ晴れとした感謝の心をもって、おのれ自らの魂深く沈潜することです。

その秘訣は、神と一体となることにある。

神との一体感になり、たとえ地球上の人々がこぞって反対しようとも、神との一体感をしっかり持ち続けて離さない

『吾、自らの力にては何事をも為す能わず、吾が裡(うち)に住みたもう父なる神ぞみ業を為したもう』と、イエスは申されました。

神を信じよ、信じて疑うべからず、信じて恐るるべからず、神の力に限りなきことを忘るるべからず
神は『すべてを為し能う』のです。

神に願う時は、積極的な言葉を使うことです。
只、完全な状態だけを望むことです。
それから自分の魂に種子となる完全な想いだけを植えつけるのです。



さて、完全な健康が現れてくるように求めるのであって、病が癒されることを望んではならない
調和を現し豊富の実現を求めるのであって、不調和、不幸、制約から救われることを求めるのではないのです。

こんなものはちょうど、古くなった着物を棄てるように棄て去ってしまうのです。
それは古くて、もう着られなくなったものです。

あなたには喜んでそれを棄てる余裕はあるのです。
それを振り返って見ることさえしてはならない
それは赦され、忘れ去られたのである。
本来の土に還ったのです。
もはや物ではない、無になったのです。



あなたの周囲の空無と見えるものを、無限の善なる神の想いで満たすのです。

ここで忘れてはならぬことは、神という言葉が種子であるということです。
それはひとりで伸びて行くものです。

いつ、どこで、いかにして、などという計らいは、全部、神に任せることです。
求めた瞬間には、もうそれが成就するためのアレコレの細かいことは、神のお仕事なのです。

いいですか、神が為したもうのですよ。
あなたはあなたで自分の役割を忠実に果たし、神の役割は神ご自身に任したらよいのです。



求めよ。
肯定せよ。
欲するものを神に求めよ。
しかして神の成就したもうものを受けよ。

神の豊かさという想いを常に心の中に持ちつづけなさい
その他の想いは、たとえどのようなものであっても、それが心の中に浮かんだら、ただ神の豊かさの思いで置き換え、その豊かさを祝福するのです。

必要によっては、み業の成就を絶えず感謝しつづけなさい
またと願いを繰り返す『愚』を演じてはならない

ただみ業の成就と、神があなたの中で働きたまいつつあること、あなたはすべての人々に善きものを与えんがために、ただ善きもののみを望むのである以上、それを今、受けつつあることを祝福し感謝しなさい。

以上を沈黙と隠密の裡(うち)にするのです。

あなたの父なる神に、ひそかに祈るのです。
そうすれば、あなたの魂の秘められたる願いを見たもう父なる神は、公然とあなたに酬いたもうでしょう。



それが完了した時、願いが忠実に叶えられたこの時を、最大の宝の1つとして回顧するでしょう。
かくしてあなたは、法則を証明したことになり、信念と祝福との中に出した言葉の力を悟るでしょう。

神は、神ご自身の計画をすでに完成されたのであるということを忘れてはならない
神は、わたしたち人間のおよそ望み得る善きものを、これまで全て愛深く惜しみなく注いできたまい、今、なお注ぎたまいつつあるのです。

神は、再びこう言いたまいます。
『われを試みて見よ、天の窓を明け、収むる余地もなき程の祝福を注がざるや否や、吾を試みて見よ。』


つづく・・・



『吾、自らの力にては何事をも為す能わず、吾が裡(うち)に住みたもう父なる神ぞみ業を為したもう』と、イエスは申されました。

わたしもまったく同じだ。
イエスが言う意味が、真によく分かる。

日々、内なる神と共に居、特にイニシエーションではこの状態を露骨に体験することになる。

もちろんイニシエだけではなく、カレッジにおいてもいつでもそのように感じている。


神は、再びこう言いたまいます。
『われを試みて見よ、天の窓を明け、収むる余地もなき程の祝福を注がざるや否や、吾を試みて見よ。』

これは試してごらん。つまり、やってごらん、実際に
ということ。
わたしも数え切れないほどに実際に実践し、感謝しきれない恩恵と祝福を受けている

わたしも同じことを言う。
実際に、実践してごらん。と。

誰でも例外なくやることができることだ。
それをあえてやらないのも、それも自由。

しかし、カレッジではその実践の環境が、顕著に整えられている環境。
そのカレッジにいてさえ、やらないのも自由だが、やったものはやった分、法則に沿った分、間違いなく必ず恩恵を得ている。
Love Spiritual Peace(ラブスピース) college



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posted by dozen/Ren at 21:06| 0705 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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