2007年05月17日

テロスにおける結婚の2つの形

0517:2007
Two form of marriage in Telos.
photo : dozen/Ren

636g.ren.jpg



『レムリアの真実』本から参考資料として抜粋。


テロスでは、どのように恋愛関係を考えているのか、
また地上の皆さんと同じように、
結婚して家族を持つのかどうかを大勢の人に質問されます。

 



私たちは大変長生きで、大家族になる可能性が極めて大きいため、すべての人の利益となるように慎重に計画することが最も重要です。

地上と違ってテロスでは、もし完全に成熟していなければ、またそのような重要な一歩を踏み出す準備がなければ、家族を持つことは許されません



テロスでは、子どもには子どもを産ませません。
つまり、3次元で見られるようなことは許しません




私たちの社会では、2種類の結婚があります。

1つは『縁を結ぶ結婚』です。
お互いに恋愛感情で惹かれた2人は『縁を結ぶ結婚』で夫婦になると決めますが、これは必ずしも永遠のものではありません

結婚すると、一緒に生活しながら、相手から学び合い、一緒に学び、共に成長し、人生を経験し、お互いに心ゆくまで楽しみます。

こうするのは、心の底から幸せで、その関係に満足する間だけです。
ずっと一緒にいる義務はないので、この共同生活は生涯の契約を必要としません



『縁を結ぶ結婚』では、子どもを持つことは許されていません。
子育ては、その結婚の主な目的ではありません


この結婚は、数年という短い間から、数百年かそれ以上続くことがあります。

避妊は、私たちにとっては問題ではありません。

子どもの誕生は、生まれてくる魂にとって、とても貴重で壮大な出来事と考えられているので、子どもは『招待』されたときにだけ産まれます

私たちの社会では、望まない妊娠のようなものはありません

テロスの女性たちは、意図したときだけ、それも真剣に、十分に計画して準備が整ってから、妊娠します。

性的結合それだけで妊娠することはなく、魂へ明確に呼びかけてから初めて妊娠します。

皆さんの社会で、性的結合による望まない妊娠で起きている問題は、歪んだ遺伝上の変化の結果です。

これもいずれが完全に回復され、そのとき癒されることになるでしょう。



『縁を結ぶ結婚』では、いつでも婚姻関係を終わらせることができます。
相手の感情を傷つけ合うことも、お互いに相手への義務もありません

その後、もし望むのなら他の人と新たな関係を始めるかもしれません。



このように、皆さんのように不適切な理由で結婚を続ける者は、1人もいません

テロスでは、どの夫婦もたいへん幸せです。

一緒にいることに深い愛も満足も感じないのなら、一緒にいる理由がないからです。



このような結婚は、人生や進化が与える多くの経験の一部だと考えられているので、一緒にいる時が終わったと夫婦が感じたら、人生の一部を共に過ごした時間を感謝し合って、先へ進みます。

ですから、いつまでも仲のいい友人でいられます。

苦しい選択を迫られるようなことは何もなく、別れるときに必要なことは、ただテロスのレムリア評議会に結婚の解消を申請するだけで、いつでも問題なく認められます。



完全な調和と満足、深遠な目的がないのに、結婚を続けようと考えること自体、私たちには想像もできません





もう1つの結婚は『契約を交わした結婚』、つまり『神聖な結婚』です。

子どもを持って、新しい魂を共同体にもたらすのを許されるのは、このタイプの結婚だけです。

数十年、または数百年間、縁を結ぶ結婚生活を続けてきた夫婦が、もう十分長く一緒に経験してきたので、お互いへの愛は完璧で、愛は絶対に永久に続くと確信するかもしれません。

その時、生涯を共にする契約をしたいと思うかもしれません。



私たちは不老不死ですから、生涯の契約とはたいてい社会での非常に長い期間、例えば何千年も継続することを意味します。

『契約を交わした結婚』には、もはや結婚の解消という選択肢、すなわち、皆さんが離婚と呼ぶものはありません

そのため、夫婦はすでに『縁を結ぶ結婚』を長く続けて、お互いに契約に確信を持てるようになる必要があり、そのあとで永遠の関係と考えられるものを築く選択をします。

夫婦の片方か両者が、進化や奉仕でより高次の領域へ移る準備ができるまで、一緒にいます。

このような場合、片方か両者はテロスを去って、惑星か選択した新しいレベルへ移ります。

このようなことが起こるとしたら、非常に長く人生を共にして、最初の子どもたちが成熟し、さらに数世代たった場合のみでしょう。



このタイプの結婚では、子どもは1人か2人、あるいは3人産まれるかもしれません。

母親になる人の妊娠期間は、たったの12週間です。

すでに夫婦は『縁を結ぶ結婚』で長く一緒に過ごしてきているので、夫婦として体験したいことは何でもしています。

ですから、次のステップへの準備は完了していて、家族を持つ特権と栄誉を与えられるほど十分に成熟しており、専門的知識を持っています



より成熟し進化した人々だけに、子どもを産む特権が与えられています。
高貴な、さらに進歩した魂を誕生させるから
です。

こうして、啓(ひら)かれた文明を永続させています。



私たちの社会に孤児はいません。

また、皆さんの社会で見られるような、片親ゆえに直面しなければならないような困難な状況の中で、子どもが育てられることも、捨てられることもありません。

私たちは、家族の生活をとても注意深く上手に計画しているので、望まれず、放っておかれて、虐待されるというようなトラウマを、子どもたちが被ることは決してありません



子育てに奮闘させられるような子どもも、いません



どの子も、神からの大切な贈り物として考えられていて、両親だけでなく社会全体からも愛され、尊重されています。



私たちの文明では、子どもを産む役割の神聖さに完全に気がついています

ですから、その役割を引き受けることが軽々しく据えられることも、適切な訓練もなく引き受けることも、決してありません



『地上』でも、もうすぐもっと啓発された責任あるやり方で、子育てを尊重し始めることを祈っています。





興味深い内容でもあり、自分自身の真実との一致を感じる内容だった。
それは結婚についてもしかり、出産に関してもしかりだ。

わたしは2度、結婚し離婚しているが、この情報にあるようなとまではいかないが、どちらともとても友好な関係を結んでいる。

ゆえに息子は、今でも自由にどちらの父親とも交流し、とても良好な友情をどちらとも培っている

これは今まで何度も周りから羨ましがられ、不思議がられてもいるが、この関係をなぜ持つことができたかは、愛を実践したからだ。
そこには赦しも、息子への愛も、エゴの解放もある。

わたしは愛の選択をし続けた。
その結果が生み出した関係だ。



また自分自身の経験から抱いている真実が、このテロスと大いに合致する。
カレッジでも不老不死は真実であり、これから長い期間の人生でどのように恋愛や結婚、子育てを育んでいくかに、大変参考になる。

カレッジ内でもまだまだ3次元意識が残る中、意識の向上へと向かう中、いきなりテロスのようにはならない。
そうなるに至るプロセスが彼らにもあったように、カレッジにもあり、これから始まる。
いや、すでに始まっている。

不老不死や結婚、恋愛、子育ての真実はあっても、
汝の悟れる程度に、汝の祈りは叶えられたり』が真実として実在する
ゆえに、各個人はこの法則の下、自分自身の真実を生きる

いくら頭や口で真実を語っていても、実際、自分が悟っている程度にしか、これら真実は体現されない。
体現されるその自分の実際の真実しか生きることはできない


高次たちとの共同創造のカレッジにおいて、その神聖さにおいて、どこまで実際に真実を味わうかは、まったくもって各個人次第となる。

ゆえにカレッジ内においては、不老不死に移行する者もいれば、死を通して移行する者も出るだろうし、
神聖さと成熟さへ向かう実際の歩みを歩いている者は、意図の力で妊娠しないだろうし、未成熟ゆえに意図しない妊娠を引き寄せ創造してしまうかもしれない


カレッジにいてもいきなりテロス並(5次元意識)意識なわけはないので、そのように移行していくプロセスの中には、さまざまな未成熟な結果を出すことになる。

しかしそれは、ごくごく自然なプロセスでもあり、そのプロセスがまた学びになり、そうしながらも愛で包み、愛と共に成熟へと向かう



他者(テロス)の真実をエッセンスとしながら、カレッジでもこれら結婚、恋愛、子育ての神聖さをカレッジ自身で育んでいく。



数ヶ月前、カレッジでは初めてのカップルが誕生したが、女性側のセクシャリティに問題(男性関係)が浮上し、カレッジには居られなくなるほどの機能不全が勃発。
彼女は神聖さより、自分の中に浮上した男性を選択した。
いつか再びカレッジに戻りたいとも言い残し、離れた。

男性側は、友好的に自ら別れを告げ、自分を愛す選択を続けカレッジで過ごしている。

他にも去年の暮れに、既婚者の女性がカレッジ内で異性への軽率なセクシャリティの姿勢を現し、問題が浮上
カレッジ内では初めての、高次により、しばらくカレッジを離れているようにと言い渡されている。

他には、夫婦のカレッジ生がセクシャリティの不調和による(互いへの恋愛関係/強烈な共依存)問題から、望まない妊娠による堕胎という結果を招き、それをスピのせいにし、妻はカレッジから離れるという選択を自らしている。

カレッジへの数ヶ月に及ぶ、対価滞納も含め、その他、自らに自暴自棄な行為を行い、それら選択を自らに及ぼした。
後に妻から、自らのエゴを選択したことを謝罪・撤回し、再びカレッジに戻りたいという旨が届き、来月からもう1度、カレッジにおいて初めからやり直したいと申し出があった。

夫も対価滞納をお越し、その調整を含め、カレッジ内のクラスを移行してでも自分を愛すという選択をし、再びdozenクラスへの復活と京都在住移行を目的としている。



いずれにしても、離れる、離される理由がすべてセクシャリティが問題となっている。
そして、すべてが本人たちの自己創造

いくらカレッジにいても、いくら頭や口で、真実だの、愛の選択だの、自分を愛そう!とスローガンしていても、
現実に、実践(動)していなければ、それらは単なる偽善でしかない。
頭ばっか、口ばっか、…ということである。

そして、いくらカレッジにいても実は自分が何を選択していたかが、如実に具現として現れ、さらに内なる状態を隠せなくなる

カレッジでは、度の過ぎたパワー(闇/分離)ゲームは許されない。

それでもそこでリセットし、愛を実際に選択すれば、カレッジには居られるはずである。
そうではないのは、実は彼女らが愛(神聖さ)以外の何を自ら選択したかを公にしているも同じである。

その選択は、愛(神聖さ・本来の自己/スピリット)にいざなわれたのか。
それともエゴ(闇・偽りの自己/傷ついたインチャ)にいざなわれたのか。

自ら起こした問題により、心の闇に呑まれ、カレッジに居ることができなくなっている
…というより、居れるのに、違う選択を望んでしている



カレッジは神聖さで保たれている。

エゴもオープンハートの範囲内であれば、何ら問題はないが、それを超えれば自然に自動に離れるよう霊的設定されている。

セクシャリティという問題(機能不全)には、必ず、確実に、フォースではないパワーが関与している。
コントロール(エゴ、闇)はもちろんのことそうだ。

例えばテロスはすでに5次元の意識であり、かなりの神聖さがすでに保たれている。
みんなはより豊かに、愛に溢れたいとカレッジにやってくる。
カレッジは、例えばテロスのような神聖さへと向かっている場であり世界。

そこで神聖さが保たれるのは当然であり、それでもテロスよりはまだまだずっと幼い。

その幼いカレッジにさえ居られない者とはどういう意識状態の者だろう?
そのカレッジを自ら望んで離れる者とは、どんな意識を望んでいる者だろう?


とてもじゃないが、テロスのような楽園、誰もが心地いい暮らし(調和・愛・豊かさ)の世界に住むことはできない、のは明白である。

実際、テロスなら、そういう者たちが住むことを決して許可しない
きっと、その者たちに見合う意識の世界へ住むよう案内(提案)するだろう。
実際、『超シャンバラ』でもこの『レムリアの真実』本でも、はっきりと同じ意味のことが書かれている。

カレッジもまったく同じであり、また、見合う世界へ案内している。霊的に
それが離れた者たちが住む意識の世界だ。

カレッジは未熟な意識だけで創られている世界ではない。
高次たちやスピリットたちの高い意識をもって、地上に共同創造されている世界である。

エゴがあっても、成熟(神聖/無限なる愛/自分を愛す)を選択しているならカレッジ(ビレッジ)には住めるのだ。

さらにまた、内なる状態、意識が変わり、自分を愛すこと(神聖/無限なる愛)に選択し直すなら、いつでも再びまたカレッジに居れるようになる。
必ずそういざなわれる

Love Spiritual Peace college



子育てでは、ナオ(同胞のスピリット)の件が読みながら思い出された。

なぜナオが、特にdozenのそばに降りたがったかが、この文章から改めてよく分かった。

彼は、同胞としての自分がやりたいこと(役割)を地上でまっとうしたい、そのための環境を求め、そこでdozenを選択していると彼ははっきり言っている。
それには、彼が共に奉仕したい、共同創造のカレッジがあるからだ。

そのためにも、両親の選択はトリンを選んだと言っている。
霊性の成熟がまだ幼い父親となる修ちゃんには、ナオ自らから直接、注意を促したほどだ。
ナオの誕生

さらにナオは女性の性を今回、選択している。
この意味は深く、dozenクラス生ならすぐに意味を理解するだろう。
わたし自身も今回、あえて女性を選択している。

テロスまでの成熟さはまだカレッジにはないが、そうなる創造はすでに始まっており、産まれる前からのナオの現れ方(蓮へのアクセス)、ソウルを降ろすイニシエーションなどにも、改めて納得がいく。

いずれカレッジ(ビレッジ)も、テロスのようになっていくだろう。

それだけでなく、この日記を書きながら気づいたのは、このカレッジが5次元意識へ向かう格好の準備(学び)の世界であること。
また5次元、それ以上への移行の扉が確実に用意されていることが、つくづく理解できた。



ふとわたしはあることを思い出した。
ある数ヶ月も前のスピカフェで、子どもについての質問が起きた。

「元々わたし、子どもが欲しかったんです。主人と結婚したのは、男性と付き合ってきた中で、子どもを持つならこの人だ、と初めて思えた人だったんですね。主人を愛しているというより、そう思えたことがわたしには大切だったんです。だから、子どもが欲しいんですよ。 こんなわたし、どうですかね?こんな風に子どもを求めるのは、どうですかね?」

と、聞かれた。
表現の仕方はこうだったか忘れたが、わたしには言わんとすることがこんなように感じたのを覚えている。

そう聞かれて、思わず龍と顔を見合わせた。
それは、なぜか。
その時点で、私たちの真実は、テロスとまったく同意見だったからだ。

ゆえに、一般の人が抱く子どもへの価値とは、まったく違ってしまう
わたしたちにすれば、まるで子どもが子どもを産むようなものだ。
幼い未熟さで、その未熟さ=エゴ(著しい機能不全)で、産み育てる、ということだ。

自分たち自身が、それをすでに経験してきている。
ゆえに否定はしない。学べばいいと思う。
わたしたちもそうだった。



しかし、今は違う。
わたしたちは自分たちの真実に、正直に生きる。

真実(意識)が違えば、子どもの価値も出産においてもまるで違ってきてしまう
妊娠で引き寄せる子どもの質(霊性・成熟度)さえ、違ってしまうのだ。

ゆえに、わたしたちには、まるで意識が違う相手にどう応えればいいか困惑していた。

「えっ!何か問題でもあるんですか?」
と、その場にいた者たちに思わず聞かれてしまい、その本人に、
「私たちの真実で応えれば、あなたがエゴるだけだよ。」
とだけ、応えることになった。

今、この『レムリアの真実』本をもって、ようやく正直な自分の真実をこうやって日記に書けることが嬉しい。
感謝。





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posted by dozen/Ren at 23:04| 0705 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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