2007年07月11日

神聖なる真実に開くこと

0711:2007
Open in the holy truth.



『プレアデス〜神聖なる流れに還る〜』より抜粋。



人間の思い込みと態度が、惑星における一定の恩寵と癒しの賦与を妨げてきた点がもう1つあります。

それは、機会を与えられた、としても、すべての真実」を知りたくないということです。

人間の大部分が、確実な高次元の援助と情報を与えられるためには、それを進んで受け取るようにすることが求められています

 



実際に、積極的に真実を探し求めている人間は、わずかな割合にすぎません



確かな啓示と宇宙の秩序が与えられるには、みずから望んで行うことが最も大事です。

相対的な真実は、私たちの人生や相互作用や出来事の詳細から成っています。
それは状況や時に応じていつも変化しています。

神聖なる真実は不変です。



われわれ人間の家族にとって、何らかの高次の理解が現状を崩壊させることがありうると考えるのは恐ろしいことです。

神聖なる真実を知りたいと望むためには
人は、偽りであり制限のある宗教的または、スピリチュアルな信念はどんなものであれ、進んで手放さなければなりません。

それがどんなに長く続いているものであっても、また、大事にしているものであっても、あらゆる信念を疑う準備ができていなければならないのです。

自分自身をみずからの現実の創造者として見て、その創造者なパワーに責任をとることを望んでいなければなりません

神聖なる真実を知りたいと望むためには
人は、あらゆる判断、非難、殉教者的行為、犠牲、悪用、正義の必要性、どちらが上か下かといった競争心、そしてあらゆる執着を手放す準備ができていなければなりません

それは多くの人にとって、まだ大変なリスクではありますが、
最終的にそれは自由の道なのです。



人々が無言のうちに、
「私から真実を隠しておいてください。私は知りたくないのです。」
と言っているとき、
どうやって公正な統治を望むことができるでしょうか。




神聖なる真実を恐れることは、神聖なる愛を恐れることです。



もしあなたの愛が条件つきで、エゴの人格のベールに覆われた目を通して真実を見ることに基づいたものなら、
あなたはどうやって完全に無条件に愛することができるでしょうか?


神聖なる真実を恐れることは、神/女神/すべてなるもの、あるいは神聖なる源を恐れることです。

そして、それらのエネルギーのまさにその源を恐れるなら、あなたはどうやって癒しや幸福や平和を望むことができるでしょうか?



源からの愛と光はいつも、すべてなるものを通って絶え間なく流れています



もし真実を恐れているとしたら、あなたはこの愛と光を、
体と意識の中に決して受け入れることができないでしょう。

神聖なる真実を恐れることは、あなた自身の覚醒とアセンションを恐れることです。



スピリチュアルな探求者として
次のレベルの、目覚めやアセンションの妨げとなりうるような思考の、どんな頑固さをも、進んで手放し、そうする準備ができているよう、あなたはいかなる時も求められています



真実を手に入れるためには、すべての執着から自由にならなければいけないのです。」セラピス・ベイ



自分自身が執着するどんなものも、覚醒とマスタリーの進行中のプロセスを妨げる可能性があります



もしあなたが自分を引き止める関係に執着するなら、そして真実と手放すことを認めたくないなら、あなたは引き戻されてしまうことになるでしょう。



健康で光を受け入れるために体が肉を必要とすることになっても、肉を食べるのは間違ったことだと信じているなら、自分自身の目覚めを制限してしまうことになるでしょう。



実際、ほとんどすべてのものにとって適切な時と場所があるのです。

そして、スピリチュアルに正当と認められるあなたの頑固さでさえ、やはり頑固なのです。



私は、あなたが過激にそして意図的に自分の思い込みに挑んだり、食事や関係性を変えたりすることを提案しているわけではありません。



私たちはただ、あなたがそれをどんなときでも進んで行う準備ができているかどうかが、
神聖なる真実への導きとつながりを得られるかどうかを

決定づける


と述べているにすぎないのです。



あなたの道の次のステップが聖なる結婚とタントラ的な結合であるのに、独身でいるべきだと信じているとしたら、さらに徳を高めたいという思いへの執着を手放し、自分にとっての正当な振る舞いをやめる選択をするでしょうか?

ご存知のように、何よりも最高の徳とは、神聖なる真実そして神聖なる流れにみずから心を開きつながることです。

神聖なる真実を手に入れることにつながる、神聖なる意志と神聖なる流れにゆだねる代わりに、変化の風に抵抗してきた人もいます



真実の中にいるとは、いわばまさしく体験的なことであり、流れそのものです。



本や書庫を満たす巧みで整然とした表現でそれを表すのは容易ではありません

神聖なる真実を体験するためには、自分を空っぽにして、瞬間ごとに新しさと変化を体験できるようにならなければなりません



あなた方の中には、毎日、心を鎮めて瞑想の訓練をする必要がある人もいます。

おわかりのようにそれは有益なことであり、ありとあらゆる新しいワークショップに走ったり、新しい本を読むことにエネルギーを浪費するのをやめさせます

また、長年行ってきたお決まりのヨガや瞑想を超えて、視野を拡げる必要がある人もいます。

聖なるタントラ的な関係を約束する必要がある人もいますし、独身のまま色欲や誘惑という自分の古い性的パターンを、クリアにする必要がある人もいるのです。



愛する探求者たちよ、おわかりのように、光と真実は常に流れのうちにあり、常に変化し広がっています。

それに従いそれによって満たされるためには、自分がいつ流れの中にいて、いつ頑固で執着しているのかに気づくことを学ばなければなりません。



安全だと感じ、予測できることの中に安住するのをやめたとき

真実への目覚めという高次の予測できる結果を受け入れることができます


しかし、そこに至る道のりは予測できないのです。

ああ、ここにもまた、神聖なるパラドックス(矛盾)が現れています!




本当の自分を取り戻していく覚醒イニシエーション
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posted by dozen/Ren at 23:23| 0707 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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