2007年06月15日

070615 スコースロッソから

我家で奉仕が始まり数ヶ月。

0615:2007
Access from source center 070615.
photo : dozen/Ren

662b.ren.jpg


「奉仕はRen classの一部」と高次が言うように、この奉仕には非常に深い霊性が意図されていた。
 


夢で「京都を宇宙法則で用いなさい」と言われてから半年以上後、奉仕に続きアシュラムが自然に形成されていった。
カレッジ生の中から自発的に京都へ移住してくるという、移住者が続くことによって。

奉仕はRen classに包含され、奉仕とアシュラムの活動は重複にあり、またアシュラムはわたしを含む高次たちがリーダーでありそのサポートを龍が。

そしてアシュラムにいる者たちがカレッジのリーダーである龍をサポートするという、すべてが自然にそうなっていった。

そんなある奉仕日和を送る中で、1つの大きな学びがやってきた。


14:10 2007/06/15 スコースロッソ

アイム、アイム、スコースロッソです。
こんにちは。
アクセスがあまりよくない。
上手く伝えられるかどうか。

いよいよ、いよいよ、(蓮の)第4イニシエーション、意識の上昇が近づいています。
とても慎重に、慎重に歩んできている、歩みたいところです。

今日(6/15)のイニシエーションは、行いません、行わない。
それが伝え…、優先的に伝えたいことです。



クンダリーニ、クンダリーニの上昇が、頻繁に起こっていきます。
このとき、変容も続いていく。

見えるものも、少しずつ変わっていく
いきなりではない。
しかし変わっていく、リアルに。

対応、対応していくのが、蓮にとっては、大変かもしれない。
よりスムーズに、意識を拡大していく。
その協力を求めたい。



愛への、また神聖さへの協力が出来ないのならば、今しばらく奉仕は参加不可能です。
遠慮願いたい。

自らの欲望、主張、エゴの主張を野放しにする、そのほうに加担しているのなら、遠慮願いたい



今しばらくは(蓮にとって)非常に大切な期間です。



愛を持って、自分自身のためだけではなく、もっと大きな宇宙の目を持ち、愛ある奉仕、神聖さへの意志があるのならば、参加は可能です。

イニシエーションと同じく、いくら希望があっても断る場合もあります
断る場合もあること、伝えておいて下さい。

自分のことしか考えられない、ふさわしくない意味で。
そのような状態にいるのならば、内観をオススメします。

どれほど、故意的にエゴのパワーで自分の身を守ろうとしていても、自分の事柄を守ろうとしていても、どれほど隠れようとしても、隠そうとしても、あるいは知らないふりしていても、ともにいる私たち、誤魔化せるわけではないこと知っておいて下さい



ここにおいては(Ren class&奉仕&アシュラム)、素直に降伏することが求められています

いつまでも、いつまでも、いつまでも、エゴにしがみつくその姿勢、歓迎されない。

もちろん、すでに神聖である土壌の上、土壌にいる中、ここ現場での二元性を考慮した上で、完璧を求めているわけではないです。

しかし、度の過ぎたかたくなな姿勢、態度、言動は、いつまでも助長させるわけではないです。

この奉仕、蓮がいる場所では、一時的な生を楽しむわけではないです。
普遍なる真実、普遍なるエネルギー、法則、不滅、本来ある姿という生を学ぶ場、学ぶところ
です、その学びがある場所です、その領域です。



神聖さに対する怠慢な姿勢をよく振り返り、純粋な姿勢、素直さを持って降伏するように

かたくなな心の状態、あえてそれに加担する姿勢は歓迎されないこと、改めてもう一度言います。



あなた方には、蓮に協力するよう愛を持って伝えました。



しかし、あなた方の中から、蓮を大切にするどころか、リラックスさせるどころか、自分の欲望のまま
まさに、都合よく接している姿が見受けられる。

誰かが言いましたね、蓮はおもちゃだと、自分にとっての。

高次たちはシェアしています、聞き逃さない。
その発言、そこに至る想い、状態、どれほど愛のない姿勢かがよくわかります。

同じ同胞である仲間を、そのように扱う



高次に対して、(直接)同じ発言ができますか。
(高次たちよ、あなたはわたしのおもちゃです、と。)

肉体を持って側にいれば、高次の存在ではないですか。
肉体が見えなければ、高次を認める。
肉体を持って、その意識を持っていても、そうとは認めない




あなた方の学びどころです。



3次元にいながら、意識はすでに5次元にいる。

この例えがわかるでしょう。
同じシャンバラ、3次元にいながら、意識は5次元。
肉体は3次元にある。
もちろん4次元のものも存在している。
もっとすでに違う状態のもの。

しかし、地底内にいれば存在を認め、あなたのすぐ側で生きていれば、そのように思わない。

調子がよければ受け入れ、調子が悪ければ跳ね除ける。

自分の思い通りにならなければ、何とでも言う。
どんな姿勢でも、どんな言動でも行う




私たち同胞が、法則と共に、蓮と共にいることを忘れている



自らの内的状態、蓮を通し体現されていく、具現されていく、顕現されていく。
そのようにあること忘れている




もちろん全員が経験します。

もちろん、まだ(蓮は)幼いです。
これからゆっくり安定していく。
意識の話しです、蓮の5次元の話しね。

これから安定していく。
安定していくということは、当然6(次元)に向かっているわけです。
さらにそのさらなる意識、上昇意識もということです。



自分を愛しなさい。
自我の都合のままではなく




蓮に触れるとき、人は自分を見ることになります



人がどのように、蓮と接するか見ていてご覧なさい

それが宿題です。

付け加えて言うならば、カレッジ、奉仕、蓮、dozen、龍、仲間、ラブスピース、とにかくそれらに関し、自己のままならなさ、自己の機能不全、それらを認めることなく、一括ラブスピースと言います、ラブスピースのせいにするのならば、何のせいにしているのか、よくよく考えるように

ラブスピース=神聖さ



あなた方の機能不全は、神聖さのせいですか?
神聖さがあるがために機能不全になるのですか?

私たちのせいと言われているのも同じです。
神のせい、法則のせい、エネルギーのせい、高次のせい、真実のせい、で自分はエゴった。

ではこれらに触れなければ、あなた方はエゴらないのですか?

やりすぎもほどほどにしましょう


自我のあるがまま、ではないですよ。



蓮は、あなた方のサンドバッグではない。
蓮をサンドバッグにしているのならば、それは自分自身に行っているも同じです。

都合が悪ければ叩きのめしたいですか、蓮を

愛を望んでいると言いながら、愛を体現する蓮をサンドバッグにする。
私たちをサンドバッグにしてるも同じ
ですね。

自分の我に、固執するのは辞めなさい。
何もならない




執拗に、その自我を追いかけ、それで身を守り、防衛する。
その幻想にいる限り、その姿勢にある限りは、すでにある愛さえ見出せない


見出せないこと選択している
あるのにも関わらず、愛が



蓮はある意味貴重な存在です。
意識改革において。

これほど庶民に身近で、現場に密着し、意識を改革していく、そのエッセンスとなる存在。

故に見えなくなる、その存在の深さを



本当に感謝していますか?
本当にハートを持って。

それは自分自身への感謝へも同じことですよ、具現している。

コントロールし、認めさせ、上に立とうとする自我は、ここでも歓迎されない

もう一度、ここの意味、高次の意味、ラブスピースの意味自体、自身、見直すべきです。

蓮の存在自身、もう一度見直すべきです。

そしてこれらの見直しは、イコール、自分自身の見直しと同じであること気づく必要があります。



あなた(龍)はリーダーになるのが恐いですか?
「怖くない。」

恐がる必要は何一つないです。
学びの場において、今で言えばカレッジにおいて、リーダーとなり、動を率先するの楽しんで下さい。
「はい。」

蓮においては、カレッジから一歩引きます。
アシュラムのように、蓮の接する場はあります。

カレッジとアシュラムは違います


アシュラムは、蓮に接する場。
そしてあなた(龍)はサポートして下さい。

カレッジ全域においては、あなた(龍)がリーダーです。
蓮がサポートします。



カレッジに存在している、存在していない。
無いようで在る、在るのに無い。
それが蓮でもあります


アシュラムは、今で言えば、今のカレッジの中にあるのではない。
アシュラムは外です。

在るようで無い、無いようで在る、それがアシュラム、蓮クラスです。

蓮はパイプとなり、また蓮自身が、大いなる意味でですよ、蓮自身がアシュラムに関わります。

そこで得たことを、カレッジ、拡大に活かして下さい。



あなたのサポにあたるのは、またあなたを援助してくれる、動いてくれるのはアシュラムの者となるでしょう。

しかし、アシュラムはあなたがリーダーではない

領域は、物理的には、あなたが担うことのほうが大きい。

そしてコアとなり、あなたの内なるハートとなり、常に息づいているのは蓮です。

それは誰にとっても同じです。
質は違えど、原理は同じ



見ている限りでは、観察している限りでは、蓮の動き、あなた(龍)の変わりにやっているところが大きくある。
カレッジに対して。

もうバトンタッチしていって下さい。

もちろん常に蓮は、大いに観察し、気づき、見守っています。
それに何ら変わりはない。

しかし士気を高め、拡大、援助し、それを行ってきたのは、そろそろ変わるべきです。

あなた自身、動と意識を高め、皆に目配せ、そして拡大していく。
その内なるハートに蓮を持っている。
蓮と共にいる。

さらには、互いのワンネスである本来の自己、内なる神と繋がっている



あなた自身が、その内なる連携プレイ、どのように活用し、もちろん自分自身にも、カレッジおいても、あなたが蓮をチョイスし、どのように蓮を見せていくか、その姿、あなた自身の姿が、みんなの役に立つのです。

あなたを見ることになるでしょう。

あなた自身もアクセスであること感じていますね。

また本来あなたが行う活動、行う分野、行う動き、蓮に委ねすぎていること自覚ありますか?
「若干。」

より、認識を持ってもいいぐらいです。

目を背けず、スルーせず、あなたは自己責任恐いと言いましたね。
密接に関係あるのではないですか?

あなたが自身を知るとき、降伏するとき、素直にそれら現状があったこと受容するとき、あなたに大きな飛躍が訪れます

そこに無価値感、自我の自己責任の恐れ、解き放つでしょう。
逃げれば逃げるほど、目を背ければ背けるほど、認めなければ認めないほど、恐怖は増大
します。

これはみなも同じです。

防衛しているつもり、ところが恐怖を増大している。

それに気づくことをオススメします。



蓮に素直になることです。
それは自分に素直になるのも同じ
です。

これらは、今の話しは全員に言ってます。



自我の防衛は手放して下さい。
でなければ、蓮と共にいる意味がない
です。



蓮に対し、自我のまま、自己を強く見せようとしたり、大きく見せようとしたり、コントロールを持って上に立とうとしたり、権威を振りかざしたり、力を見せようとしたり、何の役にも立っていないです。

降伏に対し、恐れている限り、蓮の価値は見出せない、イコール、自分の本当の価値は見出せない
そのように選択している、その事実を知ること
です。

そしてまた、蓮に媚びるような姿勢、下手に出るような姿勢、自分を弱く見せ、蓮を独占するような姿勢、それら同じです。
何の役にも立たない

どちらも蓮にとっては、非常に心地が悪い



蓮は感情の無い人間ではないです。
感情がある。
むしろあなた方より豊かにある。

あなた方が思うような感情以上に。

それでも、愛を持って、ハートを持って、常にいる。

自分がないがしろに扱われるとき、それでも、それ以上のものを見ている
もちろん、憤慨するときもある。

しかし、あなたは気づいていますか?
憤慨しながらも、それ以上の愛を見ている。

憤慨していることさえ、一種の演技にさえ思えるときがある。

そのように表現して、自分を伝える。

感じていないのではない。
感じすぎているのではない。

喜怒哀楽、変わっていくと言いますね。

次元が上昇すれば、意識が上昇すれば。

しかし、そのままの状態でいれば、3次元の意識の者にとっては感情が薄く見える。
感知する感覚も違う。

ならば見せる、ふりをする。
わかるように。

私たちがアクセスの際、わざわざドラマティックに話すのも同じです。



本当に愛を持って見ていますか?

蓮を、そして、イコール、自分を

自分をないがしろに扱うその姿勢、神聖さをないがしろに扱うその姿勢、それが蓮にどのように映っているのかわかりますか?



もう一度改めて、各自、振り返り、見直して下さい。

蓮がどれだけ貴重な存在か、イコール、自分がどれほど貴重な存在か



もちろん、蓮が言うように、何ら期待はしていないです。
しかし、そろそろ改めてそのような時間を取ること、オススメします。
提案です。

まだみんな、良くわかていない、蓮を。

あなた(龍)も。
蓮自身も




自分を好きになって下さい。

愛して、愛し合い




みんな自分のことばっかり。

そこから抜け出していきましょう




抜け出す度に、愛が蘇ってきます。
愛があったことに触れ、本来の力、取り戻していく。

さあ抜け出していきましょう


以上がメッセージです。

15:26 2007/06/15




本当の自分を取り戻していく覚醒イニシエーション
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posted by dozen/Ren at 13:06| 0706 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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