2007年10月10日

邪魔になるだけ

1010:2007
It is disturbed.
photo : dozen/Ren

724b.ren.jpg



8月のある日のmixi日記で、わたしはこんなことを書いていた。

龍からのエッセンス

龍がAmazonを調べていて突然こう言った。

「面白いエッセンス見つけたぞ♪」
「なぁに?」


「『できない人ほどデータに頼る!』だってぇ。笑」


と。
Ryu Blog⇒DragonDiary〜Ripe Of Source/dozen〜

 


昨日、『レムリアの真実』をどうしても読みたくなったので、龍と読んだそのとき、ふいに脳裏に『エンリケ・バリオスの魔法学校』の本表紙の映像が浮かんだ。

8月の日記を書いたことをとうに忘れていたそんな今日、さっそく『魔法学校』本を棚から出して開いてみた。

するとそこにあった内容が、この8月の日記を思い出させたのだ。


理性的な思考というものは、実用的に生きるには大いに役に立つかもしれませんが、

崇高な意識やわたしたちを絶対的な真実と結びつける経験においては、邪魔になるだけです。


と。


知性とは物事の表面だけを分析するものなので、知性ではどんなものも部分的にしか捉えることができません。

例えば、知性的にキスを説明するとするなら、“4つの唇が力学的に接触し、唾など口から分泌されるものを交換すること”
となってしまいます・・・。

わたしたちが物事のもっと深遠な意味、その核心ともいうべき魂の存在、そして目には見えない崇高な次元を理解するためには、
脳に蓄積された資料(データ)に頼ることなく、それまでの経験に邪魔されない直感的な視野を持たなければなりません。

しかし、悲しいことに、知性はどんな経験も自分のものにしようと奮闘してしまいます。
何か新しいものを見ても、聞いても、感じても、脳の資料(データ)や論理に照らし合わせながら、新しい経験を分類し比較し整理しようとします。

そして、認識できる領域を超えたものは、ばっさり切り捨ててしまうのです。

それで、新しかったはずのものが、古い知識に変わり、純粋だったものが汚染され、深いものが表面的なものに戻ってしまいます。




頭を柔軟にして、すでに酸化している古い考え方を振り落とす・・・。

なぜなら、人間も酸化するものであり、酸化すれば、わたしたちのスピリットに生えた翼だって気づかないうちに取れてしまうかもしれないからです。





8月の日記。
『できない人ほどデータに頼る!』

は、探求者の中にもよくいる。
先の文にあった通り。

>何か新しいものを見ても、聞いても、感じても、
>認識できる領域を超えたものは、ばっさり切り捨ててしまう
>それで、新しかったはずのものが、古い知識に変わり、純粋だったものが汚染され、深いものが表面的なものに戻ってしまいます。

そうして、自分は探求が進んでいないとか、できていないとか、新しいものを生み出した(体験)覚えはないとか、あらゆることを言い、
自分やラブスピースのせいにする。

中には頑固なほど、頑なにこう固執する。

こういう探求者は、酸化している部分を手放さない。
自分自身で固執し、探求を停滞させ、そうして自ら離れていく。自分ごと丸ごと離れていくのだ。

酸化している部分だけ放せばいいものを・・・。
丸ごと自分ごと離れていく。
まさに自分で自分をそうしている。

最後に記した文にある通り。

>人間も酸化するものであり、
>酸化すれば、わたしたちのスピリットに生えた翼だって気づかないうちに取れてしまうかもしれないからです。



そう。取れてしまうことを選択しているのだ。自ら。



頭に、知識に、執着してはいけない。
どんなに体験しても、その体験やそこから得た真実を認めない限り、それに降伏しない限りは、まだ酸化したまま・・・ということになる。

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posted by dozen/Ren at 18:01| 0710 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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