2008年05月31日

Yellow color

777b.ren.jpg

0530:2008
vol.2
Color of the yellow.
photo : dozen/Ren

今日、初めて黄色が可愛いと感じた。
 






花では、花のデザインがわたしの好みである限り、その花が黄色でも可愛いと感じた。
でも、物にある黄色で可愛いと感じたのは初めて。

物のデザインが好みでも黄色だと、違う色は他にないだろうかと探していた。
青とか紫とか緑とか。

なにも黄色が嫌いだというわけではない。
好きでもないし、嫌いでもない。

たくさんある色の中で、単純な黄いろ色を選ぼうと思ったことが限りなく少なかったということに気づいた。

その気づきは、初めて黄色が可愛い、いとおしいと感じたおかげだ。

今日は丸1日、大阪で過ごしていた。
何を選ぶのでも何を探すのでも、黄色が目に入り可愛いと感じ続け選択し続けた。
この顕在が歓んで沿っての行動だ。

嫌いでもなく好きでもなかった黄色。
黄色であれば他にも色がないかと探す。
・・・ということは、実は黄色に“抵抗”していた“部分”があるという事実がそこには隠れていた、ということ。

さらに花のデザインが好みならOKなのに、物ならデザインが好くても他を探す。
花が女性性ならば、物は男性性だ。

黄色は第3チャクラ。
『3』は三位一体。
調和したくないという自我の不全さがあったということ。
『太陽』
最近になってようやく太陽の素晴らしさが身に染みてきた。
サンゲジーリングのおかげ。
『パワー』
第3の印象は、どうしても不全のパワー/力という印象があった。

まっ、これらはしごく単純すぎるので、癒しの道本から第3チャクラを調べてみることにした。

第3の霊的側面は『自分を評価する』。
基本的な欲求は、『自身が必要とするものの価値を認める』。
司る感情は、『怒り、怨恨、無価値、罪悪感』。

他には、『サイキック・パワー』『承認を得たいという欲求/恥/偏見』『感受性と境界線/操る力』。

さらに少し詳しく7つのチャクラ本から調べてみた。
第3チャクラには、4つの段階があるという。


■革命

自尊の念を育んでいくためには、革命的な行為、あるいは一連のミニ革命を必要とする。
ここでいう革命とは、集団の思考から自分を切り離し、自分自身の権威を確立しはじめることを指す。

たとえば、突如として自分が家族あるいは同年代の仲間と違う意見をもっていることに気づいたりするかもしれない。
いずれの場合でも、集団の気から自由になるのに苦労するだろう。
集団の強さとは数であり、個性の表現にはほとんどいつも反対することによって成り立つものだからだ。

たとえミニ革命であっても、自分自身の声を見つける行為は、霊的に大事な意味をもつ。
霊的な成長は、人の意見がどれだけ高度なものかではなく、その純粋さと、それを表現し、同じ意見を維持していくのに必要な勇気によって測られる。

霊的な成長とは、内面の本物の信念を反映している、自分の立場を守り通す力のことだ。





■内向

「内向」という段階では、外の世界が自分のニーズをどれだけ満たしているかを私たちは評価する。

この自己探究は、しばしば、神との関係や人生の目的に焦点を合わせたいという気持ちへとつながる。
が、まずはじめに、自己探究がもたらす結果に耐えられるだけの内面のスタミナをつける必要がある。




■ナルシズム

言葉の響きは悪いが、ナルシズムは、強い自己意識を育む努力をするなかで、どうしても必要なエネルギーとなることがある。

新しいイメージを自分に与えるとき(たとえば新しい髪形や服、あるいはトレーニングなどで新しい体型になることもある)、それは内面でも変化が起きていることを示している。

この過敏な状態にあるときに、自分の属する集団の仲間や同族全体から強い批判を受けることがあるが、ナルシスト的なエネルギーは、反対勢力に直面しつつ、新しい自分を創造し、譲れない線をきっちりと規定する屋台骨を与えてくれる

この段階での変化に続いて、さらに重要な意義をもつ内面の変化が起きるが、ナルシシズムはそれに備えるための心の準備をさせてくれるのである。




■進化

自尊の念を育むこの最終段階は内面的なものだ。

自分の霊の気を曲げることなく、原則、尊厳、そして信ずる心を守ることのできる人たちは、内面的に進化している人間だ。

ガンジー、マザー・テレサ、ネルソン・マンデラといった人たちである。
もちろん、彼らほど高名ではないにしても、このレベルの自尊の念を達成した人は世界中にあふれているが、この3人の霊体は、物理的な世界の変化を司るほどの大きな影響力をもった。

そして、彼らの精神の力に合わせるかたちで世界のほうが変わっていったのである。

ところでこの3人は3人とも、ある一時期、ナルシスト的だとまわりから見られていた。
たとえば、マザー・テレサは若い頃、2度にわたり、所属していた宗教共同体を去ることを強いられているが、それは、貧民への奉仕という彼女のビジョンが、ほかの尼僧たちには受け入れがたいものだったからだ。

この時期、彼女は自分にのめり込んだナルシストと思われていた。
このため深い霊的な内省の時期を過ごさねばならず、機が熟してはじめて彼女は直感の啓示に従った。

彼女は「進化」の段階に入り、彼女の人格は、何百万もの人々が感銘を受け、動かされるものを感じる元型である「ペルソナ」となった。

自分の霊がすべてを司るようになると、世界はその力の前に道を開くのだ。




□人生への旅への挑戦

自己発見の旅にはわずか4つの段階しかないといっても、自己についての理解、独立性、それに自分を尊重することを学ぶのはけっして単純な作業ではない。

第3チャクラは、自分の野望、責任感、それに強みや弱みを受け入れる心、さらに、自分の恐れ、まだ直面する準備ができていない秘密などがもつ気であふれている。

私たちは内面の葛藤で引き裂かれた状態にあることが多いせいで、「満たされるために、まず空になる」ことや、「生まれ変わるために古い習慣や自画像を捨てる」という霊的な課題に直面することに、大きなおののきを感じる。

だが、独立性と成長を育む道は、単なる心理的に健全な行為であるにとどまらない。
自己探究と、象徴的な洞察を得る方法を学ぶことは、自分自身を信じる心へと導いてくれる、きわめて重要な霊の作業なのだ

間違いなく必要なのは、霊的な意味での旅をして、自分の生活のなかにある美の存在に気づくのを阻んでいる恐れを捨て去ることだ。

人生は、「汝に忠実であれ」というポロニウスの言葉の重要性を悟るよう、容赦なく迫る。
内面の力がなければ、たしかに人生は恐ろしく苦しい体験だからだ。

直感を使ったからといって、それで自分の恐れと直面するという難題を避けて通れるわけではない。
全き存在である人間になる近道はないし、直感能力がその答えというわけでもない。
それよりも、自尊の念をもつことによって自然と起きてくる結果と言ったほうがいいだろう。

霊が元気なとき、身体も元気になる。
第3チャクラは「自分を尊重せよ」という聖なる真理を体現する。
自尊の念をもつことから来る強さとスタミナを得るにつれ、直感能力は自然に現れてくるものだ。





文面では、集団がとか家族が、という表現をされているが、これらをわたしは内でやっていたように感じる。
他者とどうのこうのではなく、顕在の自分と、である。

よくよく振り返れば、わたしは今月の16日の日、自分の恥について大いに気づき認めたことを思い出した。
夢がきっかけで気づいたことだ。
もし気づかなければそれがこの先に進むのに、どのようなブロックになりかねないかを知った。

そして手元にある探求のなんでもノートに活用している付箋が、今月中頃から黄色をあえて使いだしているのに今気づいた。

他には、自分の中でずっと問答しているネタは(意識的にではなく無意識に起こってくるものを観察してわかる問答)、よくよく振り返れば第3系だ。

どうやら、・・・わたしは黄色が可愛いと認めた。
顕在が認めた(自分が自分を認めた=受容した)素敵だと。
欲し、買いたいぐらいだと。
身につけたいと許可した。黄色を体現したいと。

これはすこぶるヨロコバシイことではないか!
神聖さが顕在まで自我まで到達した。自分バンザイだ。



46の組み合わせは、ここしばらく探求のメインだった。
これに続いて入ったのが37。

憶測だが5を中心に拡大しているように観える。
46、37、28、19、010・・・とでもなっていくのだろうか。



今日、唯一買った、すぐに内容が気に入った本も、偶然にも黄色だった。
それはアインシュタイン本。





 













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posted by dozen/Ren at 20:42| 0805 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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